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2006年5月28日 (日)

「伝わる」と「教わる」

このところ会社とベッドを往復するだけの日々が続いています。

そんな気忙しい中、見るともなしに見ていた「日本語王」というTV番組で、
武田鉄矢氏の相談に瀬戸内寂聴先生が答えるという企画がありました。

相談の概要は

「生きているということは大切なこと。しかしまた、死んで行くということも
同じくらい大切なことだと思う。どうやったら死んで行くことの大切さを
教えることができるか?」

というものでした。

それに対して瀬戸内先生は

    「死の瞬間を見せる以外にない」

とバッサリ。

また

「家族が老いて行き、体が弱り、動けなくなり、そして死んで行く。

その過程を見せること以外、死の尊厳は伝わらない

とも言っていました。

なるほど、死とは「伝える」ものなのか…。

とてもゴールデンタイムの番組の話題とは思えない重たい話に少々驚きましたが、

ワタシ自身は瀬戸内先生の話に、まったく同感でした。

ずうずうしく先生の話の流れをお借りして言わせて頂くと、特に幼少期に
「死という現実」と向き合うことが非常に大切だとワタシは思います。
それを経験することで「命の尊さ」や「死とはどんなものなのか」を
頭で理解しようとするのではなく、肌で感じることができると思うからです。

また亡くなる方の側からしても、それが「死んで行く」ということになるのではないかと
思います。

理想を言えば、先生がおっしゃるように老いから死までを目の当たりにできれば
更に良いのでしょう。

同じ屋根の下に住んでいた人が老い、弱り、亡くなり、骨になる。
昨日までその人がいた場所が、ただの空間になる。
そんな経験をすれば、「命の尊さ」や「死」というものがイヤでも分かるでしょう。
そう、わざわざ教えなくても「伝わる」わけです。

しかし核家族化が進んだ現代日本では、死は「伝わる」ものから「教わる」ものに
変わってしまったように思います。

(個人的には、理屈はわからなくてもなんとなく納得できるのが「伝わる」で、
        理屈はわかるがいまひとつ納得できないのが「教わる」だと思います)

話はチョット変わりますが…。

ワタシは「死」に限らず、核家族化により「伝わる」から「教わる」に変わってしまったものが
たくさんあると思います。

例えば我慢。
少ない人数での生活は、「我慢する」という状況が少なくなります。
そんな中で親は「我慢を教えなければ」と思い我慢させるわけですが、
大人数で生活する上で自分から我慢を覚えるのと、我慢を教えられるのとでは
子供が体験する我慢はまったく違うものだと思います。

また、何世代かの家族が同居していればお年寄りや弱い人を労わるなどと
いうことは当たり前の事で、「労わるのよ」と教えらた人とでは行動に違いが出る事は
否めないでしょう。

更に言うなら、凶悪事件には少なからず「核家族化」の影響があるのではないかと
思います。

昨今、幼い子供が犠牲になる事件が多発しています。
おそらく犯人達は「命の尊さ」や「死」というものをまったく理解していないでしょうし、
意識した事さえないのではないでしょうか?
おそらくそれらについては親から教えられていたでしょう。
しかし、幼少期に「死」に直面したことがなかったために「死」を肌で感じたことがなく、
心の中に伝わっていなかったのではないでしょうか?

こう書いていると

「世間で起きる凶悪事件や、何かと問題になる事象の原因は核家族化が原因だ」

と言っているように聞こえるかもしれませんが、もちろんそうではありません。

当然のことながら、我々も幼い子の命を奪うような人間も、同じ社会、
似たような環境で生きているわけですから、その原因はあくまでも
本人の考え方や判断、行動の誤りにあることは言うまでもありません。

と、ここまで偉そうに書いてきましたが、実はワタシ自身も両親と兄の四人家族。
故に目の前で老い、弱り…、という現実を目にしたことはありません。
もっというなら「死の瞬間」に立ち会ったこともありません。
「命」や「死」については感じてきたのではなく、親に教えられ、
自分なりに理解してきたつもりです。

我慢に関してもある程度はさせられましたが、それは覚えさせられたものであって
自然に身に付いたといった感じではありません。

おそらく30代の方はワタシのような方がほとんどではないでしょうか?

そしてこの世代こそが「教えられた世代」のハシリであると思います。

そして今、その世代の方が自分達の子供に教える時期が来ています。

そんな時期だからこそ、ワタシは考えました。
ワタシ達は「教えられた世代」から「伝える世代」に変わる必要があるのでは
ないでしょうか?

教えられてきた我々も、きっと伝えることができると思います。

30代の皆さん。
ここはひとつ、「どうやったら伝わるか」を一人一人が考え、少しでも
それに近づけるようにみんなで頑張ってみませんか?

それができれば、もう少し住みよい日本になると思うのですが…。

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コメント

のりさん>
こんにちわ。コメントありがとうございます。
さて早速ですが、「あなたの授業が日本の教育を駄目にした・・・」の件ですが。
特に教育問題についての話はなかったと記憶しています。
瀬戸内先生から「金八先生は生徒と友達感覚で、ワタシはそれはよくないのではにかと考える…」という話がありましたが…。
それに対しての武田氏の答えも、個人的にはいまひとつ的外れだった感じでした。
ワタシとしては瀬戸内先生の「バッサリ」感がある意味で心地よく満足行く内容でしたが…。
死は誰にでも必ず訪れるもの。自分がそうなる時に、笑って受け入れられるようにしたいものです。
よろしければまたお越し下さい(礼)。

私も同感です。20年位前と比べてみると、生きることも死ぬことも新聞かTVドラマで見るのがほとんどです。自分の父が死んだとき、ようやく本当のことが少し見えてきた感じです。そして、おそらく皆それぞれ考えることもやることも違うのだろうとも想像しました。それでも瀬戸内寂聴さんのバッサリ言い切る感じが何故か納得できてしまうような気がします。
 当日どうしても番組を見られなかったので、ここの記事を読むことが出来て感謝です。ところで番組案内には「あなたの授業が日本の教育を駄目にした・・・」とありましたが、寂聴さんと武田鉄矢さんとで教育問題についての話もあったのでしょうか?よかったら教えてください。

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