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2006年5月 6日 (土)

我が友、我が人生。

「GWに我孫子で歌いにでも行かない?」とN谷夫妻に誘われたのは、一週間前。
せっかく誘ってもらったので、4日の晩に行ってきました。

このN谷夫妻。
ご主人はワタシの30年来の親友で、隣に住んでいたこともあります。
奥さんはワタシの学生時代のバイト先に職員として働いていた人です。
話せば長いのですが、ワタシが彼らを引き合わせた結果、見事結婚となったのです。

そんな気心の知れた仲間なので楽しい時間を過ごす事ができました。

さて、ご主人のN谷氏ですが…。

いま思うと彼との出会いは不思議なものでした。
まさに「縁があった」としか考えられません。

ワタシがA孫子第二小学校に入学した時、1年生は3クラスでした。
当時N谷氏とワタシは違うクラスでしたが、いつの頃からか名前で呼び合うようになり
気付いた時にはワタシにとって一番仲の良い友達になっていました。

そして3年生~6年生までは同じクラスとなり、6年生の時には選挙の末に
彼が児童会会長、ワタシが副会長に当選。
初めての試みとなった「二小祭り」を成功させたのでした。

学校以外でも彼と遊ぶようになり、自転車好きだったワタシ達は時間を見つけては
30km近くも走る「旅」に出たものでした。

中学になると11クラスあったにもかかわらず、2年生・3年生と同じクラスになりました。
その頃にN谷家が住んでいた市営住宅が建て替えになり、たまたま空家になっていた
我が家の隣にN谷一家が引っ越してきました。

ちょうど色気付き出す年頃だったワタシ達は、「どこそこにエロ本が落ちていた」という
情報があれば現場に急行したり、クラスの女の子の入浴を覗きに行ったり
したものでした(覗けませんでしたけど)。

とまあ、ここまでの話だとただの「仲の良い友達」で終わってしまうのですが…。

実は彼の存在は今までのワタシの人生の中で、非常に大きなものでした。

N谷氏がいてくれなかったら今のワタシはなかった

と言っても言い過ぎではないと思います。

小学校の頃、クラスの男子から
「オマエなんか死んじゃえ!!」
と言われるほどいじめられっこだったワタシと、周囲の目を気にする事なく
明るく接してくれたのは彼だけでした。

中学校に入り、クラスの男子のほとんどからシカトされている時も、
彼は普通に話してくれました。

お世辞にも明るい学校生活だったとは言えない状況の中で登校拒否にならずに
済んだのは、ワタシに対する彼の態度に救われるところが大きかったからだろうと
今になって感じています。

容姿端麗・学力優秀・運動神経抜群。
「学校のちょっとしたアイドル的な存在のN谷が、オレの存在を認めてくれている」
という思いが、当時のワタシを支えてくれていたのだと思います。

また、彼は常にワタシの目標でありライバルでもあります。

N谷よりも勉強ができるようになりたい。
彼よりも早く走りたい。
あいつよりもモテルようになりたい。
ヤツよりも早く結婚したい…。

結局は何一つ彼に勝てたものはありませんが、彼の存在がワタシの努力の
原動力となっていたことは間違いありませんし、今もそうです。

ワタシにとって彼はただの「親友」ではなく、

   人生最良の友にして、最強のライバル

であり、これからもそうあり続けるでしょう。

彼がメロスにならなければいけない時が来たとしたなら、ワタシは喜んで
セリヌンティウスになる事でしょう。

そう思う事ができる相手に出会えたという奇跡と嬉しさと有り難さを、
36歳の誕生日を迎えた今日、噛み締めているのでありました。

あ。そうそう。
いまのワタシには、一つだけ彼に勝っているものがあります。
それは現在の髪の量。

彼もワタシも薄毛の家系。
幼少より二人ともそうなることは覚悟しており、対策を話し合った事もありました。
今では彼はすっかり禿げ上がり、青春時代のカッコ良さは微塵も残っておりません。

ん。これだけは今はワタシのほうが勝っているな。
いひひひ…。

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コメント

ピッペンさん>
自分が何歳なのかよく考えないとわからない年齢になってきました(笑)。
ワタシもクラスの仲間達に辛い目にあわされていた時はあまり気になりませんでした。
「言いたいヤツには言わせておけ」といった感じで…。
でも今になって、けっこう傷ついていたことに気付かされることがあります。
他人の顔色を窺うのとはちょっと違うのですが、意見が対立したりすると「嫌われちゃったかなあ」と必要以上に心配になるのです。
おそらく一生こんな気持ちを持ち続けるのだと思います。
だからこそ他人を傷つけたくないと思っているのですが、人間ができていないもので今までたくさんの人を傷つけてきてしまっています。
でも、これからも今の気持ちは大切にしていきたいと思っています。

にゃん太郎さん、こんばんわ。
お仕事お疲れ様でございます。
それと、遅くなりましたがお誕生日おめでとうございます。
そのような心の広い親友がいらっしゃるのは、にゃん太郎さんの人柄のたまものです。
それにしてもいじめられていたというのは辛いことですね。
僕は高校時代、授業中に寝ていたということで女子の皆様に白い目で見られておりました。
まぁほぼ無視みたいな扱いを受けておりました。
が、どうも僕は感覚が鈍いようで、ほとんど気にもなりませんでした。
うーん、やっぱりにゃん太郎さんとは一度飲みながら色々とお話をしてみたいです!

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