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2007年1月26日 (金)

不思議なもんだ

どうも。
忍び寄る花粉の影に怯える男・にゃん太郎です。

唐突ですが、現在68歳で悠々自適の生活を送るワタシの父は、高校卒業と同時に
長野から上京し船会社に就職しました。
船会社に就職したといっても船員だったわけではなく、営業かなにかを
やっていたのだと思います。

そんな父が28歳の時のこと。
その会社にいた当時41歳の先輩(後の社長)に誘われ二人で退社し、
石油(設立当時は食油)の海上輸送を行う会社を設立しました。

単に冒険がしてみたかったのか会社に不満があったのか。
二人の退職の理由は分かりませんが、その頃すでに長男が誕生していた
父にとってはおそらく人生最大の賭けであったのではないかと思います。

ワタシが物心付いた頃の父は毎晩のように接待をしていたようで、
酒と疲れでフラフラになって帰宅していました。
翌日は二日酔いのために朝から戻していたこともありましたし、ほとんど寝る時間も
無く出勤する日もありました。

また、時には危ない橋を渡っていたのか「ヤ」の付く職業の人に駅から自宅まで
尾行されたり、そうかと思えば「そういった人達」の親分に10m近くあるリムジンで
自宅まで送ってもらったり…。

そんな大変な毎日を送っていた父ですが、もちろん苦労していたのは
父だけのはずもなく、会社に関わる全員が死に物狂いで働いたに違いありません。

そして会社は着々と発展を遂げ…。
なんと先日、創立40周年を迎えたそうです。

すでに引退している父も40周年記念パーティーに招待していただき、
会社に関わったたくさんの同志達と楽しい時間を過ごせたようでした。

そのパーティーの喜びを伝えるために電話をしてきた父から、
ちょっと驚く話を聞きました。

父がいた会社と「U」という石油輸送の業界最大手とも言える会社が出資額半々の
合弁会社をシンガポールに作ったというのです。

実はこの「U」という会社は、ワタシが勤務している会社とも切っても切れない関係に
あるのです。
特にワタシがいる営業所は、現在の仕事は100%「U」からの下請けなのです。

父がいた会社も我が社も「石油の輸送」。
海上と陸上の違いはあれ、言ってみれば同業です。
このように遠いつながりができてもまったく不思議ではないのですが、
やはりなんとなく「不思議な縁」を感じてしまうのです。

とはいえ、父がいた会社はもはや「U」と対等の立場で会社を設立しているのに対し、
我が社は所詮「U」の下請けです。
うっかりしていると、父がいた会社の荷物をワタシが運ぶ日が来るのかもしれません。
それはちょっと、悔しい気がしますが…。

。。。。。。。。。。。。。。。。。

恥ずかしながら、この記事を書いていたらなんだか胸が熱くなってしまいました。
いまさらながら、父の苦労は大変なものであったろうと思うのです。

ワタシの両親は会社設立前に父が勤めていた会社で出会い、結婚しています。
ですから母は社長とも面識がありました。

母が業界の事情を理解していて、社長を知っているということもあったのでしょうか。
父は夕食時、毎日その日の仕事のことを母に話していました。
当然その傍らにワタシがいることも多くありました。

仕事がうまくいって喜ぶ父。それを自分のことのように喜ぶ母。
社長と意見が合わずに「田舎に帰れ」と言われたと言って、怒りをあらわにする父。
中国・エジプト・アメリカ…、出張での土産話を楽しそうにしてくれる父。
仕事に行き詰まった同僚が自ら命を絶ち、号泣する父。
(このとき初めて父の涙を見ました)

そんな仕事に対して真っ直ぐだった父の姿を見てきただけに、
40周年記念パーティーに招待され、会場での様子を楽しそうに話す父の電話を
受けながら目頭が熱くなりました。

思えば父が引退するまでの間、良くも悪くも我が家は父の「仕事」というよりも
「会社」を中心に動いていた気がします。
それでもお陰様で良い家庭だったとも思います。

そんな家庭を与えてくれたのは、「父に声を掛けてくれた社長(後の会長)だ」と
言えるのかもしれません。

しかし残念ながらその会長は40周年を目前に、昨年他界されました。
この場を借りて会長のご冥福を心よりお祈り申し上げると共に、
厚く御礼を申し上げたいと思います。

父が引退し会長も亡くなった今となっては、我が家族にとってはもはや「他人の会社」と
なってしまった感がありますが、これからも会長と父が設立した会社がたくさんの
人達に支えられながら発展していって欲しいと願って止みません。

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コメント

KUMA子さん>
自分が父親になれる日が来るとしたら、ワタシも恥ずかしくない背中を子供に見せられるようになりたいです。
それにしても、なぜ今回だけ大文字なのです?

武千代さん>
感謝の気持ちを形に表したいところなのですが、これがなかなかどうして良いものやら…。
せめてマメに顔を見せに帰ってやれば良いのでしょうが、これもまたなかなか…。
情けないやら、親に対して申し訳ないやらの気分です。

ピッペンさん>
正直なところ、今回の記事を書いてみて「オヤジって実はスゴイ人だったのかも」と初めて気付いたワタシなのでした。
自分が歳を重ねるごとに、両親の偉大さに気付かされるのかもしれませんね。

にゃん太郎さん、こんばんは。
「世界は広いが、世間は狭い…」
よくあることだと思います。
それにしても、凄いお父様でございますね。

にゃん太郎さん、こんばんは。
実にいいお話です。幼い頃のおとっつぁんの思い出が素直に綴られ、今それに心から感謝できるとは、さすがにゃん太郎さんです。
この気持をにゃん太郎さんのおとっつぁんとおっかさんがお聞きになったら、きっと嬉しいはずですよ。
それにしても不思議な縁で日々の仕事にもかかわってくるんですね。『縁は異なもの』です。

良い話に私も胸が熱くなる思いです。父親が息子に自分の生き様を見せてあげる事は大切ですよね。それを実践されているとは、素晴らしいお父様ですね!

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