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2010年4月

2010年4月30日 (金)

の〜んぴり

の〜んぴり
の〜んぴり
どうも。
清々しい陽気の中乗務中の男・にゃん太郎です。

いや〜、良い陽気ですね。

田圃には水が張られて、水鏡。

夢の中〜 忘れちゃいな〜
現なんて〜 忘れちゃいな〜

てな感じです。

のどかだ…。

2010年4月27日 (火)

予告

どうも。
最近は唐橋ユミさんにメロメロの男・にゃん太郎です。
(サンデーモーニングのスポーツ担当と言えばわかりますでしょうか?)
特にラジオ「吉田照美ソコダジナトコ」での唐橋さんはたまりません…(ぽ)。

さて。
いつものように、前フリと本文は全く関係が無いのですがね。

ワタクシ、来月の2日・3日に「御柱祭(おんばしら)」に行くことになりました。
というか、行くことにしました。

故に来月最初の本格的な更新はこのご報告になると思うのですが、
その前にこの「御柱祭」なるものとワタシの関係などを事前にご説明しておいた方が
良いかと思いましたので、今日はそんな内容で。

まずは「御柱祭」についてご説明した後に、ワタシと祭りの関係や今回行くことになった
経緯を書きますので、どちらか片方しか興味が無い方は上手に読んでみて下さい。

ではまず、この祭り。

最近はテレビで取り上げられることも多くなったので、ご存知の方も多いことでしょう。

しかし、一応おさらいを。

この祭りは数え7年に一度、寅と申の年に長野県諏訪市近辺で行われる
諏訪大社の祭り。

簡単に言うと…

御神木となる樅(もみ)の木(概ね直径1m・長さ17m)を山の中で伐採し、
その樅を人の手のみで諏訪大社まで曳航し、各お宮の四隅にそれを立てる

という祭りです。

上記の説明の中の「諏訪市『近辺』」や「『各』お宮」という表現が引っかかった方。
いま、そのご案内を。

諏訪大社は全国各地に点在する諏訪神社のおおもとなのですが、
実は一つの建物、一つの敷地の名称ではないのです。

諏訪大社は「上社(かみしゃ)」と「下社(しもしゃ)」に分かれており、
さらに上社は「本宮」と「前宮」、下社は「秋宮」と「春宮」に分かれます。

そして。
この各宮が諏訪湖周辺の諏訪市(本宮)・茅野市(前宮)・下諏訪町(秋宮・春宮)の
それぞれに建っているのです。

故に。

正確に言うならばよく使われている「諏訪大社」という呼び方は漠然とした
イメージとも言えるもので、地元の人はほとんどその呼び方を使うことはありません。

あ、これは余談ですが。
一般に上社が「男神」で下社は「女神」と言われています。

厳冬期に見られる諏訪湖の御神渡り(おみわたり)は、上社がある諏訪湖の南側から
下社のある諏訪湖北側へと走るため、男神が女神に会いに行った足跡だという
言い伝えがあります。

…と。
ここまではお分かりいただけましたでしょうか?

では御柱祭の説明に戻りましょう。

先のご説明の通り、諏訪大社にはお宮が四つ。
そこに4本ずつの「御柱」を建てるので、合計で16本の御神木が切り出され、
各お宮へと曳航されることになります。

御柱祭は大きく二度に分けることができ、四月上旬に行われる「山出し」と
五月上旬に行われる「里曳き」があります。

山出しの最大の山場は「木落とし」。
丸太ん棒が急斜面を勢い良く駆け下り映像をテレビでご覧になった方、
多いのではないでしょうか?
あれですね。

そして里引きの山場は、祭りのクライマックスとも言える「建て御柱」。
曳航してきた御柱を人の力だけで垂直に建てます。

とまあ、こんなところなのですが。

さらに説明を加えさせて頂くならば、上社と下社の日程は一週間ずれており、
上社の方が先に行われます。

そして、上社と下社では違いもありまして。

まずは見た目。

皆さんが良くご覧になるのは

Onbashira  


こんな感じの映像ですよね?

この写真は「下社」の木落しですが

御柱はただの丸太ん棒ですね。

 

 
しかし、上社の御柱は…

Image  

こんな感じで「角」が。

 


この「角」は「メドデコ」と呼ばれます。

このメドデコに繋がれた縄を掛け声に併せて左右交互に引っ張って
御柱を揺するのですが、その際にメドデコに乗った氏子衆が「おんべ」と呼ばれる
ハタキのような棒を一糸乱れずに整然と振る様は実に美しく、感動的です。

ま、端的に申し上げまして。

相対的に、上社の方が、見た目派手。

観光客的の視点に立って言うならば、下社の場合には氏子衆が御柱の周りに
群がると「柱」の在りかがわからなくなってしまうのですが、上社はメドデコが目印に
なるので見つけやすいです。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

と、ザッと祭りについて書いたので、以下はワタシと御柱祭、そして今回の経緯を。

実は今回の御柱祭に行こうと思い立ったのは、半月ほど前。

今では祭りがすっかり有名になったため、半月前に思い立っても普通は宿が取れず、
泊りがけで行くことなどまず困難。

しかしラッキーなことに。
今は亡き父方の祖父母の家であり父の生家でもある家(現在は伯父夫婦が在住)が
「前宮」へ徒歩で行かれる場所にがありまして、今回はこちらにご厄介になることに。

で、まあ。
こんな立地に祖父母の家があったものですからね。
今のような全国区の祭りになっていない頃からワタシは父に連れられ、
祭りを見に行っていたわけです。

ワタシの記憶が正しければ、前回・前々回と不参加だったので…。

今回で、五度目…?

と言っても、一度目の記憶はありませんがね(笑)。

正直なところ、今回もまったく行く気がなかったのですが。

2日~5日にかけて行くけど、良かったら一緒にどう?

と父から誘いを受けまして。

四連休など到底取れるわけも無いので最初は断ろうと思ったワタシですが、

現在、父71歳、母69歳。

次回の御柱祭りを迎えることができた時には、77歳と75歳。

この祭りは、とにもかくにも元気に歩き回ることができねば楽しめない祭りでしてね。

そういう意味では、両親にとっては最後の御柱祭となるであろうことに気付くと同時に、
伯父夫婦もすでに80歳に手がかかったか、かかろうかと言う年齢だということにも
気付き、お二人が元気なうちに会っておきたという気持も芽生えたので、
一泊二日の強行軍にて参加する決意をしたわけです。

一泊二日とは言うものの、二日の朝3時頃に自宅を出発し、翌三日は朝食後すぐに
帰路に就くという予定。

三日もゆっくり見てくれば良いのに。

と思われるかもしれませんが、ワタクシ四日は仕事。

大型連休の上りの大渋滞が始る前に戻って来なければ、大変なことになるわけです。

ふぅ…。

そんなわけなのですが。

幼少期に体験している祭りだからなのか、はたまた諏訪地方の人間の血を引いている
からなのか。

「行く」と決めてからは、なんかこう、血沸き肉踊る感じがし続けいて、実に楽しみです。

あえて不安材料を挙げるのならば、伯父、父、そして帰省している予定の従兄弟。
このすべての人間が酒豪であること。
しかも日本酒党。

朝一歩家を出た瞬間に缶ビールの蓋を開け、そこからはもう酒と共に歩くことは必死。

祭りから戻った後も壮絶な晩酌大会が催されること、容易に想像つきます。

基本、日本酒はまったく飲めないワタシ。
自分で酒を用意していかないと、これまた大変なことになるのではないかと…。

あぁ、恐ろすぃ…。 ((((゜д゜;))))あわわ

2010年4月21日 (水)

鉄は熱いうちに

どうも。
本日発売のせきぐちゆきさんのシングルがまだ手に届かない男・にゃん太郎です。

ああ、イライラする…。

さて。
絶好の天気の今日、突然ではありますが骨髄バンクのドナー登録に行って来ました。

そもそも骨髄バンクというものに興味を持ったのはTV版「世界の中心で、愛を叫ぶ」を
見たのが始まり(単純と言うなかれ)。

しかしその時には「俺もドナー登録するぞ~」と思ったもだけでたいして調べもせず、
なにかのきっかけで思い出しても、わざわざそれだけのために出向く気にもなれず。

機会としてはやはり献血の時なのでしょうが、5年前の献血時には気分が悪くなり
それどころではなく。
先日の献血時には無事に終了したことに安堵し、出口のポスターを見るまで
気付かず…。

本当はポスターを見た時にそのまま登録すれば良かったのですが、
正直なところドナーというものについての下調べを全くしていなかったので、
さすがに引き返してまで登録する気になれませんでした。

で、その翌日。
わずか200mlではありますが誰かのお役に立てたかもしれないという高揚した
気分の余韻を引きずりながら、骨髄バンクのホームページを開きました。

ザッと読み終わった時点では

もう、今すぐ登録しても良いですよ

くらいの勢いでしたが、とりあえず休みが無いので登録に出向くことは出来ず、
その間に「自分の中で冷静になって考えよう」という気持ちも芽生えました。

何度も骨髄バンクのHPを開き、一週間近く考えた中で気がかりだったのは

① もし最終候補者になった際、仕事の繁忙期に一週間近く休みが取れるか?

② 恐怖心に打ち勝てるか
   1)国内で死亡例は無いとはいえ全身麻酔から覚めなかったらどうしよう…
   2)全身麻酔とはいえ器官や尿道に管を通すのは痛そう…

この二点。

実はこの二点について、今朝9時半まで色々悩んでいたのです。

基本小心者のワタシがドナー登録するとなれば、それはもう一大決心。 
「生(せい)」というものに対し人一倍執着があると感じている自分としては、
上記②-1)は特に重要な問題です。

で、まあ。
とにかく本当にウジウジ考えたのですが。

何もわからん自分が一人で悩んでいても始まらんな。

とりあえず足を運んで意思を伝えれば、詳しく説明してくれるだろ。

と、決意。

ドナー登録は献血場所で出来るので、我が家から最も近いモノレール千葉駅構内の
献血ルームへ向かいました。
ちなみに、Door to doorで30分とかかりません。

目的地に着いたのは、10時10分頃。

緊張の面持ちで扉を開いたワタシですが、この後、予想外の展開が。

以下、その状況。

献血ルームは10時から。

開場直後の室内はまだ準備の途中といった感じが残っているものの、
すでに先客が2名。

オハヨ~ゴザイマ~ス。

と中に入ると、一人の係の方(♂)と目が合いました。

係)    おはようございます。

ワタシ) あのぅ。
      骨髄バンクのドナー登録について少しお話を伺いたいのですが…。

係) はい、どんなことでしょう?

ワ) へ? (゜。゜) 

「ドナー登録」という言葉を言えば歓待され、どこかに案内されるというイメージを
勝手に抱いていたワタシは言葉を失いました。

ワ) あ、いえ、あの…。
   つまりドナー登録をしようかと思って来たのですが…。(°°;))
。。オロオロ…

係) あ、そうですか。
   ではこちらに、たいていのことは出ていますので。

と、ある機械の前に案内されました。

最近になって献血をされた方ならお分かりになるでしょうが、
その機械は献血時に問診表を記入する時に使う機械。

そこに「ドナー登録について」などの画面がありました。

機械の操作はしませんでしたが、内容的にインターネットで確認できるものと
変わらないことは容易に想像がつきました。

ざっくばらんに言って、面談形式によって己の不安を取り除いてもらいたい
ワタシとしては「人」から説明を聞きたいと思い足を運んだわけです。

で。

ワ) いえ、大体のことはネットで拝見して知っているのですが…。

係) はあ…。
   え~と、では、登録を…?

ワ) …。

自分の想像とはあまりに違う対応。

完全にその場の雰囲気に飲み込まれ、言葉を失いました。

そんなワタシを見兼ねてか

係) え~と、申し込みの用紙は…、っと。

ワ) あの、ネットで出せる申込用紙に記入してきていますが。

係) あ、そうですか。
   では、そこにお掛けになって下さい。

と、献血待合室のテーブルへ。

少々大げさですがね。
ワタシはある意味「生死」の不安を抱えて足を運びました。

が。
ここまでの対応は、ワタシのそんな思いに対してあまりにも納得がいかないもの。

そんなワタシの不満を知ってか知らずか、係の方は登録用紙をチェック。

係) はい、問題ないですね。
   ではこれから、問診と白血球の型を確認するための採血をして頂きます。

てなことで。
自分の中での問題を何も解決できないまま、流れに沿って問診・採血。

こうなれば、そのまま「登録」という運びになるわけでして

004  

 


こんなん出ました~。

 

 

 
 
あ、この書き方だと不満一杯のように感じられてしまいますか?

誤解の無いように申し上げておきますと、

ドナー登録が済んだことに非常に満足しています。

全てが終わって、無料のお茶を飲みながら思ったのですがね。

ワタシが不満を感じた対応は、裏返せばそれだけドナー登録者がしょっちゅう
名乗り出ると言うことだと思うのです。
だから先方は、流れ作業的になるわけではないかと。

また登録用紙に最終的なサインをする際に詳細な説明がなされないことも、
それだけドナーからの骨髄液の採取に危険が無いということなのかと。

まあ、あくまでもワタシ的な善意の解釈ですが(笑)。

ちなみに。
ドナー登録後に自分の白血球の型と一致した患者さんが見つかると
「候補者」として厳しい血液検査や健康診断を受けます。
「候補者」は一人の患者さんに対して5人程度選ばれ、そのなかで最良の人が
骨髄液の提供者となります。

ただ候補者の全てが最終的に「不適格」になることもあるそうです。

では、どれくらいの確率で候補者や提供者になるのか?

1992 年から2005年3月までの実績によると、ドナー登録者累計約26万人に
対し実際に提供した人は延べ6341人となっています。
つまりドナー登録者41.3人に1人(2.4%)が骨髄を提供していることに
なります。最終的に提供を受けた患者さんは6339人ですが、患者さんとHLAが
一致したドナー登録者は累計約7万7000人(約29.6%)です。

                    上記太文字部、日本骨髄バンクHPより引用

どうです?
「HLA」とは白血球の型のこと。

ワタシの感覚では

「HLA一致(候補者)」となる確率は、結構高いなあ

と。

ホント、恐怖心は拭えませんがね。

いま考えても仕方ないので、それも仕事のことも最終的に「提供者」となれた時に
心配することにします。

ワタシの骨髄を提供することで誰かの命が助かるかもしれないのなら
(骨髄提供を受けたからといって助かるとは限りません)、
「仕事を辞めて『一週間』という時間を作っても良いかな」とも思います。

ま。
実際そうなったら、そうも言っていられないかもしれませんが。

この記事を読んで骨髄バンクのドナー登録に興味を持って下さった方は
こちらをご覧頂くのが一番なのですが。

ドナー登録についてだけ言えば、極め簡単。

① 献血ルームに行く

② 申込用紙を書く

③ 問診と採血を受ける

これだけです!

皆様のご協力を、お待ちしています。

あ、偉そうですか(笑)?

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今回思い切れた一つの要因には、自分に子供がいないという現実があります。

何らかの形で、自分が生きた証を残せればという思い。

とまあ、ここまで言えば次は「臓器」のドナー登録なのでしょうが。

死生観、現代医療への疑問などがありまして、こちらはなかなか…。

2010年4月14日 (水)

五年に一度の…

どうも。
ようやくマスク生活から解放された男・にゃん太郎です。

いや~、生で吸う空気は美味しいですな~。

さて。
本日は休みを利用しまして、運転免許証の更新に行って来ました。

ご存知の方も多いように更新は所轄の警察でも出来ますが、その方法ですと
別の日に講習を受けるので面倒です。

ですからワタシは幕張本郷駅からバスで10分ほどの、千葉県免許センターへ。

我が家から免許センターはDoor to Door(電車)でほぼ一時間。
今日は陽気も良く、普段限られた範囲を車で移動するだけのワタシには
ちょうど良い散歩となりました。

免許センターのバス停留所から料金が10円上がるということになんとなく胡散臭さを
感じつつ、現場に着いたのは9時半前。
滞りなく手続きを済ませて優良講習を受講し、新免許証を手にするまでの時間は
ちょうど一時間でした。

で、そのまま帰ろうとしたのですが…。

血液が不足していま~す!

献血にご協力お願いしま~す!

という声が耳に入りました。

ま。
ココに来ればいつものことなのですがね。

血を抜かれることは別にイヤではないのですが、とりあえずこの声は無視。

と、言いますのも。

五年前の免許更新時に献血をした際、ワタシは苦い経験をしているのです。

あの日ワタシは、夜間乗務明けでした。

午前五時前に床に就き、九時起床。
食事もせぬままに免許センターに向かいました。

今日と同じように献血協力の呼びかけを聞き

少しでも誰かの役に立つのなら

と、献血ルームに足を踏み入れました。

が。
睡眠不足の上に起床してから何も食べておらず、なんとなーくイヤな予感がしたので
200mlの献血を希望しました。(通常男性は400ml)

ところが係りの人から「なんとか400mlで」と頼まれ、渋々了承。

結果、途中で気分が悪くなり、皆さんに迷惑をかけることに。

しかも400ml用の袋の中に200ml強しか血液が入っていないため、
輸血に使えるかどうかわからないという情け無い結果になってしまったのです。

そんなわけで。

今日は献血の呼びかけは、あえて無視。

申し訳ない気持ちで、献血ルームの前を素通りしました。

…。

が、しかし。

決して良い人ぶるつもりは無いのですが、どうしてもその呼びかけが気になると共に、
己の心の中の「お前、それで良いのか?」という声に逆らえず、結局献血ルームへ。

恐る恐る扉の中に入ると。

係 員) 献血で宜しいですか~?

と、満面の笑み。

ワタシ) ハイ。
      しかしあの、申し訳ないのですが200mlでも宜しいでしょうか…?

前回不調に陥った時の辛さが忘れられず、恐る恐る尋ねてみました。

係) はぁ。
   とりあえず、初めてですか?

ワ) いえ。

と言いながら、献血手帳を出してみるワタシ。

係) あ、これは…。
   今はカードな
ので、申し訳ないのですがこちらに記入お願いします。

と、丁重に記入用の用紙を渡されました。

その際に、さりげなく

今日は400mlで宜しいですね?

と尋ねられましたが、

いえ。
前回ご迷惑をおかけしてるので、200mlで勘弁してください。

と、ワタシはかたくなに拒否。

その後はその用紙に名前や連絡先を記入し、いくつかの質問に「はい」「いいえ」で
答えたのですが。

男性との性交渉はありましたか?

迷わず「いいえ」。

不特定多数の女性との性交渉がありましたか?

用紙を前に、悩んでみるも…。

残念ながら「いいえ」。

つーか、考えるまでも無し。

その後、問診。

そして血液検査なのですが。

ワタシ、採決の際、血管出にくいんです。

とりあえず両腕を出したのですが、比較的血管が浮き出ていた右腕で採血。

が、しかし。
これが献血の際に、アダとなりました。

どうやらワタシの担当になって下さった方は新人さんのようでしてね。

たださえ緊張気味のようで、いわゆるマニュアル通りの言葉もたどたどしく…。

そこに加えて献血すべきワタシの左腕は、ゴムチューブをで締め付けても
なかなか血管はが浮き出ない。

さらに締めても、まだ浮き出ず。

ワタシが親指を中に入れてコブシを握りしめようが、看護士さんが血管をこすろうが、
兎にも角にも血管が浮き出ません。

で。

あ、これだけでれば大丈夫です。

…。

あの。

最初と何も、変わっていないのですが…。

ブッスリ。

とりあえず、なんとか針は入りましたが…。

どうもなかなか、血が逆流していかないようでして。

すみません、手をグーパーしてもらえますか?

グー、パー。

グー、パー。

おいおい。
このまま「グーパーグーパー300回」じゃねーだろうな…。

看護士さんの表情を見ると、顔面蒼白です。

アノ、ワタシ、ダイジョウブナノデショウカ…。?

不安に駆られていると、ベテランらしい看護士さんがやって来ました。

あら、これは針の角度が悪いのよ。

そう良いながらワタシの腕を持ち、チョイと角度を変えました。

ほら、ね?

どうやら、順調に血が抜け出したよう。

やがてつつがなく、献血が終わりました。

ふぅ。

少しは他人様のお役に立てたでしょうか?

ちなみに。

先方が400mlを依頼する理由は、「同じ血」を少しでも入れたいからだそうです。
血液型が一緒でも、やはり何人もの血が混ざるのは理想的ではないそうです。

おそらく、ワタシの次回の献血は五年後の免許更新時でしょうが…。

その時は45歳になる直前なのですね。

五年前

次の免許更新は、40歳になる時か…。

と複雑な心境でしたが、思ったより動揺はありません。

ただ一つ。

その五年前は「ついこの前」に思えるのです。

五年など、アッと言う間なのですね。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

002  

 

たんぽぽ。

 

 

  
003  

 

やがて、種を飛ばすのでしょう。

2010年4月11日 (日)

佐倉ふるさと広場

どうも。
いまだにマスクを外す気になれない男・にゃん太郎です。

外せば外したでもう大丈夫なのかもしれませんが、まだ思い切りがつかないのです…。

さて。
そんなわけで、未だに花粉に怯えているの中。

先日9日。
ようやく行ってきました、佐倉ふるさと広場。

ええ、もちろんマスク着用で(笑)。

この「佐倉ふるさと広場」は風車があることとチューリップ祭りが開催されることで
地元では知られています。

また、シドニー五輪の金メダリスト・高橋尚子さんやアトランタ五輪の10000mで
五位入賞を果たした千葉真子さんが、当時この辺りで練習をしていたことでも
知られています。

ちなみに千葉真子さんは「佐倉の名所といえば?」という質問に「風車」とお答えに
なっています。

で。
自然好き、陸上好きのワタシとしてはかねがねこの場所に足を運びたいと思っていた
わけですが、この広場のすぐそばに住む知人から

普段行っても、ホントに風車しかないッすよ

と言われていましたので、なかなか思い切りが付きませんでした。

ところが先日、何の気なしに

ふるさと広場は桜はないの?

と訊いたところ

広場の中にはないですけど、目の前のサイクリングロードがずっと桜ッすよ

という思ってもいない返事が。

さらに。

今年はまだ桜咲いてるし、たしか10日からチューリップ祭りだから
チューリップも一杯咲いてますよ。

と。

この会話がなされたのは8日。

そしてワタクシ、翌日の9日は休み。

こりゃあもう、行くしかないと。

当日は曇り。
やや冷たい風が吹いていましたが、悪い陽気ではありませんでした。

「祭り」は翌日からとはいえ、ワタシの様な「先取り」組みがたくさんいまして、
駐車場はすでに特設のモノ。

そこから印旛沼に架かる橋を渡りだすと…

Img_4453  

 

早速風車が見えました。

 

 

 

 
ハッキリ言って、相当のどかな風景です。

橋を渡り切れば、そこはもう「ふるさと広場」。

ココでワタシ。

風車しかないッすよ

という知人のセリフを思い出し、ついつい思い出し笑いを。

ホント、あるのは風車だけ。

ブランコも、滑り台も。
ワタシの記憶が正しければ、ベンチさえもありませんでした。

しかしながら、チューリップはお見事!!

Img_4455  

 
風車前の広場には

 
真っ赤なチューリップや

 

 
Img_4459  

 
鮮やかな黄色のチューリップ。

 

そして風車の後ろには桜並木。

 

 
さらに。

この風車の左手奥には

Img_4471  

 
6本500円の

 
 
掘り取り販売用の

 

 
Img_4461  

 

広ーーーーーーーー大な

 

 

 
 
Img_4463  

 

チューリップ畑が。

 

 

 

 
いや~、ホント。

どうやって撮ればこの広さが皆さんに伝わるのか試行錯誤したのですが、
残念ながらワタシの知恵と技術では無理でした。

あ。
そうそう、書き忘れましたが。

風車前の畑に植えられているチューリップ。

実はコレ、開催地である佐倉市内の小・中学生と、いくつかの市外の学校の
お子さん達が球根の段階から植えたもの。

区画ごとに学校名の札が立っていまして、さらにその区画内に○年○組××△△と
名前が書いた札も立ててありまして、その名札の裏には「きれいに咲いてね」などと
メッセージが書かれていました。

なんか、こう、良いですよね~。

子供たちの純粋な心、そして地域の人たち手作りのお祭り。

日本もまだまだ捨てたものではありません。

そんなわけで、ホンワカした気持ちになって帰ってきました。

…。

本当はもっとたくさん写真を撮ったのですが、自分が赤のチューリップが好きなせいか
写真は「赤」ばかり。
みなさんにご紹介できるようなモノがありませんでした…。

もう一つ。
風車がらみの写真は露出がチューリップに合っていないため、花の色の美しさが
出ていないのがお粗末…(涙)。

日々勉強ですね。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

Img_4447

 

お口直しに。

「あれ?オレが撮った写真?」

と思ったあなた!

自前です(笑)。
 
 

Img_4443

 
おまけ。

 
なんとなく「昭和」な感じ。

 
手前の倒れた自転車と

 
仲の良い兄弟が印象的でした。

2010年4月 8日 (木)

桜
桜
うまく撮れてるかな…?

2010年4月 5日 (月)

プチ花見

どうも。
このところ以前よりも自分への掛け声が多く大きくなってきている男・にゃん太郎です。

なぜ「どっこいしょ」とか「よいしょ」とか言っちゃうんでしょうね…?

さて。
昨日の四街道市は晴れ間はほとんどなく、かつとても寒い一日でした。

そんな中、いまだにシートを敷いての花見をしたことが無い男・にゃん太郎は、
ワタシらしく早朝散歩で花見をしてきました。

あくまでも早朝散歩の延長なので、ボンボリの下がった四街道中央公園ではなく、
いつもの散歩コースにある公園。

008  

 
五時半前に昇ってきた太陽に

 
背中を押されて行ってきました。

 

 
 
公園は遊水地を兼ねており少し低い場所にあるため
毎度のコトながら、少々薄暗い感じ。

009  

 

写真も全体的に色が良くありません。

 

 

 
 
014  

 

これならいくらかキレイですか?

 

 

 
 
015  

 

桜の花を啄むヒヨドリ。

 

 

 

020  

 

寄ってみても、やはり暗いですね…。

 

 

 

昨年は結構満足いく写真が撮れたのですが、今年はイマイチでした。

来年はもう少し腰を据えて花見をしたいです。

…。

ごめんなさい。

非常にヤッツケっぽい更新でしたが、お許しを。

2010年4月 2日 (金)

ホールでのこと

どうも。
悩んだ末に会社の小鳥を買い足した男・にゃん太郎です。

いや~。
この買い足し際の買い物で少々感動したのですが、それはまた今度。

と、言うことで。
今日は前回の記事「思いで巡り」の続きをば。

すっかり様変わりした明治大学の脇をワタシが通過したのは、
開場時間の13時半をわずかに過ぎた頃。

カザルスホールまでの坂道をダラダラと下っていくと

お。
にゃん太郎、目標を肉眼で確認。 ( >_[・])
ロックオン

初カザルスに少々緊張しながらそのまま進むと…。

ありゃ?

な、なんじゃ!?
あの行列は!!

その行列がワタシの視界に入ったのは、開場からまだ5分と経っていない時間。
それであの列ということは、開場前からたくさんの人が並んでいたことは間違いなし。

ま、まじっすか…。

はい。
出演者及び関係者の皆様、申し訳ございません。

ワタクシ、皆様をナメておりました。

まさかこんなに人が集まるとは…。

考えてみれば、ホールの定員は500人強。

いくら母校の施設だからといっても、その席数がある程度埋まる公算が無ければ
会場として選ぶはずはありません。

が。
その時にはそこまで考えが及ばず、予想外の展開とその人の数に気後れし、
とりあえず入口の前を通過して神保町の交差点まで行ってしまいました。

何やってんだ、オレは…。

しばらく心を落ち着けまして、ワタシが再びホール前に戻ったのは開演の15分ほど
前だったでしょうか?
その頃には行列は解消され、スムーズに中に入ることができました。

チケットを持っていなかったワタシは知人に「チケット預かり」を頼んでありました。

ホール内に一歩入ると、目の前にその「チケット預かり」のカウンターが。

あらま。

そのカウンター(と言っても机ですが)の向こうには、我が同期の男性が。

どうも。

と彼に近づき

アノゥ。
チケット預かりをお願いしてある、にゃん太郎と申しますが。

などと言ってみるワタシ。

チケットを受け取って中に入ると、プレゼントの受付カウンターにも見慣れた
女性の先輩と、男性の後輩。

さらにロビー内には大先輩を含めた知人がチラホラいただけでなく、卒業以来
音信普通だった、今夏に結婚を控えている同期も。

そんなわけで、知った顔を見つけてなんとなく落ち着きを取り戻したワタシでしたが、
それでも久々に味わう人混みにやはりソワソワ。

結局開演のギリギリまでロビーで過ごしました。

第一ステージ開始直前に、後ろから二列目の空席に着席。

と、ワタシの前列左に恰幅のよろしい男性を発見。

あら、こりゃ、S藤先生じゃんか。

S藤先生は、ワタシが現役だった時に指揮者をして下さっていた先生。

後で聞いたのですが、今年古希とのこと。
もうそんなになるのですね。
ワタシも40になるわけです。

やがて出演者が壇上に登場。
山台の上には懐かしい顔がチラホラ。

そしてさらに、指揮者の「先生」が登場しました。

ありゃ~、随分と太ったな~(-^〇^-) 

この「先生」。
いまは現役の声楽家なのですが、ワタシが4年生の時に1年生だった後輩なのです。

一人ニヤニヤしていると、彼らしい情熱的な指揮で演奏開始。
ワタシが久々のナマ合唱に呑まれているうちに演奏は終了しまい、第二ステージへ。

混声だった第一ステージとは違い、こちらは男声合唱。

一般の方々は男性合唱を耳にされたことは無いと思いますが、男性には混声とは
違う重厚感があり、ワタシの様なマニアには結構好まれます。

後から知ったことなのですが、このステージに上がられた皆さんの平均年齢は72歳。

正直なところ決して上手な演奏ではありませんでしたが、歌を愛し、楽しんでいることが
伝わってくる素敵なステージでした。
ワタシもいつか、ああいったステージに乗りたいものだと心から思いました。

この後に20分の休憩があり、その間に見つけた同期のそばへワタシは席を
移しまして、第三ステージを迎えました。

このステージで演奏された「私抄 冨嶽三十六景」は、題名をご覧になって
お分かりになるように、葛飾北斎の浮世絵を題材にしたもの。

この作品は母校の創立100周年の際の委嘱作品ゆえに、ワタシ達N大合唱団に
とって特別な作品であることはもちろんなのですが、実はワタシにとっても
少々特別な作品です。

と、言うのも。

母校が創立100周年の際、ワタシは一年生でした。
ですから普通ならこの作品をステージ上で歌っているわけですが、何を隠そう
ワタシが合唱団に入団したのは二年生。
そんなわけなので、この作品を歌っていないのです。

入団当時、酔っ払った先輩や同期がこの作品の中の曲を歌い出してもワタシは
歌うことができず、とても悔しい思いをしたことを覚えています。

当然ながらワタシが四年生になった頃には後輩達は皆この作品は歌えなかった
わけですが、あろうことかワタシが卒業した翌年、団の「45周年記念演奏会」で
この作品を演奏。(45「回」だったかもしれません)

なんとワタシの期を中心とした前後4年ずつ計8年間の団員で、ワタシだけが
(実際はワタシだけではないですが)この作品を歌っていない、と言うか歌えないという
ことになってしまったのです。

あまり気に入らない作品ならば

別に良いもんね~。 (・ε・)

と強がることもできるのですが、これがまた、良い作品なのですわ…。

と、まあ。
そんなことで、格別な思いで第三ステージを聞いたわけですが。

う~ん。
やっぱり良い。

やりたかった~。

考えてみれば、ワタシにとって鑑賞さえも、初「ナマ冨嶽」。

なんだか非常に感慨深いものがありました。

で。
本来なら第四ステージを聞くわけですが、ワタシはここでロビーへと脱出。

なぜならば、このステージの間に今夏開催のOB総会の打ち合わせをする事に
なっていたからです。

本当は第四ステージもきちんと聞くのがマナーだとは思うのですが、
このステージまでに出演していた仲間たちはこの後は打ち上げに行ってしまうので、
なかなか終結できない同期が多く集まるこの機会を有効に使うにはやむを得ないかと。

関係者の皆様、お許し下さい。

今回の議題は「総会の柱となる企画を決める(集客の対策も含めて)」というもの。
(…で、良かったんですよね…?)

初めはなかなか意見が出ませんでしたが、お陰さまでなんとか大筋は決まりました。

情けないことにワタシはほとんど発言することができませんでした。

それに引き換え、母となった女性陣たち。

みんな自分に自信を持ち、「強くなったなあ」と思いました。

ワタシなんぞが言うのもなんですが、生き生きとして、人間味に溢れ、
良い歳のとり方をしていますね~。

それに比べ、自分はどうか?

ホント「衰えたなあ」と感じます。

衰えは加齢によるものではなく、頭を使っていないことが原因であることが
自分でわかるだけに、ガッカリ度倍増です。

なんと言いますか

オレ、ショボ…。

みたいな。

そんワタシの心を見透かしたかのように、打ち合わせ中のワタシのそばに
女性の先輩がスーッと寄ってきて、A4の紙切れを一枚握らせました。

レセ、来なね。

(レセ…レセプション。立食形式の打ち上げパーティー。)

と耳元でボソッと言い、音も無くまた去って行きました。

あのぅ、ワタシジーパンですが…?

そうこうしているうちに演奏会が終了し、観客がロビーに出てきました。

ワタシが同期の輪の中にいると、このブログに出入りして下さっており、今演奏会で
お手伝いをされていたO氏がやって来ました。

O 氏) Jさん(このブログに出入りして下さっている方)に挨拶した?

ワタシ) いんや。

Jさんがお見えになる話は事前に聞いていたのですが、なにせワタシは面識が
ありません。
ご挨拶しようにも誰にして良いのやら。

と、驚いたことに。
すぐそばにいる方に、O氏が声をかけました。

O) Jさ~ん。

へ?

その方とワタシの距離は2mくらい。

こんなにそばにいらしたのね…。

振り向かれた、推定Jさん。

ということで、初のご対面。

短い時間でしたが、楽しく話をさせて頂きました。

しかし、なんかこう、小っ恥ずかしかったですね(笑)。

Jさん。

想像していた「にゃん太郎」とは違っていたかもしれませんが、
これからも宜しくお願いします(笑)。

そんなこんなで。

この後

演奏会に出たわけでもないのに、場違いじゃね?

と思いつつ、ジーパン男・にゃん太郎はレセプション会場へと移動したのでした。

…。

                                           つづく(笑)。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

Img_4404  

 
問題です!

 
新入り君はどちらでしょうっ!?

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