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2010年5月

2010年5月31日 (月)

こんにちは

こんにちは
虫の息ですが、なんとか生きてます…。

2010年5月19日 (水)

生きているということ

どうも。
風邪をひき37.1℃という微妙な体温になっている男・にゃん太郎です。

さて。
今日は乗務だったのですが、朝の点呼時にある宣告をされましてね。

ワタシが内勤をする際の「自分の存在意義」を一日中考えさせられました。

で、まあ。
内勤を下ろさせてもらおうとか、思い切って辞めてやろうかとか色々思いましてね。

最終的には辞めたら一ヶ月と食っていかれないという現実に、思い止まりました。

ただ、ホント。
自分の存在意義って、なんなのですかね?

ワタシが務めているのは、小さい運送屋。
それでもこんなことを考えるのですから、大企業の社員になったら

オレなんか、居なくてもいいじゃん。

と、ワタシは思ってしまいそうです。

とにかく今日は一日、自分の立ち位置について考えに考えました。

ま。
答えは出ませんが。

そんな一日を終えて帰宅すると、恐ろしいタイミングで一通の郵便が来ていました。

それが

010  

 

 
こちら。

 

 

 

骨髄バンクのドナー候補者に選出された通知でした。

あ。
もちろん封書です。

とりあえず第一段階の候補者に選ばれただけでも、存在価値あり?

まだ会社には相談していませんが、もちろん提供の意思を表示した返信を
送るつもりです。

会社には、次の段階の候補者に選ばれた段階で話せば良いかと。

そんなわけで。

一日中ウジウジと考えていましたが、この通知に救われた気がします。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

002  

 

ある日の夕暮れと

 

 

 

008  

 

夜景。 

 

 

 

004  

 
月と星の位置関係が

 
素敵でしょ?

2010年5月16日 (日)

えまーじぇんしー?

はて?

今日一日、せきぐちゆきさんのブログにアクセスできませんが?

サイバー攻撃?

2010年5月14日 (金)

美味でござる〜

美味でござる〜
どうも。
日々生長するヒマワリを見てワクワクしている男・にゃん太郎です。

さて。
値段は少々高いですが、なかなかのお味でした。

皆さんのお気に入りカップ麺は、何でしょう…?

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

Img_4541  

 

 
昨日の日没。

2010年5月11日 (火)

しつこいようで恐縮ですが

どうも。
「女帝薫子」の国生さゆりさんの凄みに感服しきりの男・にゃん太郎です。

さて。
「もういいだろう」と突っ込みを受けそうなのですが。

今日はもう一度だけ、御柱祭のお話を。

先日ニュースでも大々的に報道されていましたが、残念ながら今回は下社の
建て御柱で亡くなる方が出てしまいました。

心からご冥福をお祈りすると共に、ご遺族の方々にはお悔やみ申し上げます…。

そんな中、祭り自体は昨日下社の柱を全部建て終わり、つつがなく終了。

また7年後にお会いしましょう!

と言った感じで、今日あたり諏訪地方の人達は「燃え尽き症候群」ではないかと
思われます(笑)。

と言うのも。
先日伯父宅に行った時に聞いたのですが、御柱の年には、この辺りの死亡者数と
若者による暴力事件が激減するという数値が出ているのだそうです。

また、これは笑い話ですが。
普段は腰が曲がって倒れそうになりながら歩いているお年寄りが、祭りの時には
シャンと腰を伸ばして歩いていたとか(笑)。

そして。
これは前記事に登場しました従姉妹の息子に聞いた、本当の話ですが。

彼は福祉関係の仕事をしていまして(特別養護老人ホームのような施設に勤務)、
ワタシが祭りに参加した前日に車椅子に乗ったお年寄りを祭りへ連れて行ったのだ
そうです。

お年寄り達は皆自力での歩行が困難なだけでなく、認知症のために日頃から
介護にも気を使っている方々だったそうなのですが…。

その方々が、御柱を見て涙を流したそうです。

残念ながら車椅子だったので柱のすぐそばまでは行かれなかったそうですが、
それでも視界に入るメドデコやハッピ姿の氏子衆、聞こえてくる木遣りやラッパの音色、
そして何よりも祭りの空気感がお年寄り達の五感に訴えたのでしょうね。

まあ。
涙の本当の理由は、当人達にしかわかりませんが…。

そんな御柱祭。

今さら言うのもなんですが、今回はインターネットで生中継を見ることができたのです。

もともと地元のケーブルテレビ・LCVというテレビ局が完全生中継をしているのですが、
今回はその映像をインターネットで配信し、日本全国どこからでも御柱祭を
リアルタイムで楽しむことができたのです。

当然のことながらカメラは「ここぞ」という位置に設置されていますので、
祭りを満遍なく楽しめると言う点ではこの中継は最高です。

ということで。

不肖ワタクシの記事にお付き合い頂いた皆様の中に

今からでもチョットお祭りを見てみたいな

という方がいらっしゃいましたら。

ぜひこちらをどうぞ。

LCVさんの「オンデマンド配信」で

        御柱祭のダイジェスト版が見られます。

しかも山出し・里曳きだけでなく、御柱となるモミの木の伐採の様子や、
どこの地区がどの御柱を引くかをご神前で決める抽選会の様子まで楽しめます。
(これをご覧頂くと「祭り」ではなく「神事」であることがお分かり頂けると思います)

では。
長きに渡りお付き合い頂いた「御柱祭シリーズ」も、これにて完結とさせて頂きます。

7年後(満6年後の申年)の御柱祭は、ワタシが46歳になる年。

どこでどうしているのか見当も付きませんが、たとえ日帰りでも足を運びたいものです。

…。

はて。

また一人で行くのか、それとも二人で行かれるのか。

はたまた数人で行かれるのか…(笑)。

2010年5月 6日 (木)

飲んでも飲まれるな

どうも。
本日晴れて40代に突入した男・にゃん太郎です。

ま、実感ゼロですが。

さて。
今日は御柱祭番外編、夜の宴のお話を。

はっきり言って、皆さんあまり興味が湧かないかと…(笑)。

あ、でも。
最後にとっておきの写真を貼りますので、できればそれだけでも見て下さい!

では。
とりあえず、宴会開始はたしか17時くらいだったと思います。

この時のメンバーは前記事で登場した人達に加え、伯母(伯父の奥さん)と
従姉妹(伯父の娘48歳)と従姉妹の娘(19歳)。

乾杯はビールだったのですが、伯父はすぐに日本酒コップ酒。
我が父も早い段階でコップ酒となりました。

そうそう、皆さんに申し上げるのを忘れていましたが。

父方の親戚は「飲むと理屈っぽくなる」という、大変イヤな酔い方でしてね。
もちろん我が父も、兄も、そしてご他聞に漏れずワタシもそうなのですが、
その中でも群を抜いたその癖があるのが、伯父なのです。

もうね、凄いんです。

アンタが大将!

って感じです(笑)。

で、悪いことに。
この日ワタシは、その伯父の隣に座ることになりまして。

伯父のことは嫌いではありませんし、そもそも好き嫌い以前に、実際のところ
腰を据えて色々と話をしたことなどありませんでした。

ただ。
昔から伯父と会う時というのは何らかのイベントがある時だったので、常にその席には
お酒があり、結果として会うたびに伯父のその醜悪な姿を目にしていました。

幼心にその姿は本当にイヤなものだったのです。

ま。
そんなわけですから、伯父の隣に座らされた時にはちょっと緊張しました。

酒が進むにつれて伯父はその本領を発揮しだしたのですが、
やはりかなり理屈っぽかったです。
そしてまた、声がデカイ(笑)。

そんな伯父。
一日歩いた疲れもあったのでしょう。
18時前には完全に出来上がってしまいました。

ただ、これもまた父方の親戚の特徴なのですが。
どんなに酔っ払っても、他人から見て「泥酔状態になってどうにもならない」という
ことにはならないのです。

それでも見るからにキテいましたので

もっと注いでも良いの?

と伯母に確認したところ

もうダメ!

とキッパリ(笑)。

ハイ、赤旗出ました~! (◎´∀`)ノ
(御柱を絶対に引っ張ってはいけない時、先頭に乗った人が大きな赤い旗を掲げます)

などと叫んでみるワタシ。

いやぁ、でもなぁ。
普段はオレがこうなっちまうと誰も話をきいてくれんでなぁ。
今日はにゃん太郎がウンウンと返事をしてくれるだけで嬉しいぞぉ。

と、涙を浮かべながら言う伯父。

そんな伯父を見かねてか。
伯父が使っていたコップをソッと下げた従姉妹は、その中に水を入れて伯父の前に。

気付かずに口にした伯父。

へぇなんだ、水でねえか!

ち、まだわかるのか。

とは従姉妹。

ワタシが知っている伯父は周りがどんなに止めても飲み続ける人だったのですが、
この日はとりあえずこれでストップ。

変わったなあと思うと共に、シュンとする伯父が結構可愛かったりしました。

そうこうしているうちに、従姉妹の息子夫婦が登場。

この夫婦は伯父からすれば孫(♂)夫婦。

内孫でこそありませんが伯父にとっては初孫で、他の孫の前でも

コイツだけは特別に可愛い

と言って憚らないとのこと。

そんな孫の登場に、感極まって泣き出す伯父。

こうして三代に渡って酒が飲めるんて、オレは幸せだ~ (´;ω;`)ウウ・・・

もう、この頃にはワタシも相当酔っていまして。
とにかく伯父が可愛くて可愛くて仕方なくなってしまっていました。

で。
その後も伯父と話しつつ、伯母の目を盗んでチョットづつお酒を注いであげながら
(伯母は気付いていたでしょうが)、様々な話を…。
したのですが、ワタシももはや記憶が定かではなく…。

やがて従姉妹とその娘、そして息子夫婦が帰ることになると、伯父が突然起立。

え~。
本日は、このようにたくさんの人が集まってくれたこと、誠に感激しています!

と、涙ながらに挨拶。

伯父からすれば、妻、妹、弟夫婦、娘、孫夫婦、孫、甥と、全て身内なわけですが。
やはりこれだけの人が一同に会するということはあまり無いのでしょう。
心の底から嬉しかったようです。

もうホント、終盤はワタシもほとんど覚えていないのですが。

とりあえず、伯父と最後に抱き合ったことは覚えています(笑)。

とにかく楽しく、伯父と飲めたこと、本当に良かったと思います。

ただ正直なトコ、ちょっと後悔と反省が。

たぶんワタシ、相当理屈っぽく、オレがオレがの話し方をしていたのではないかと。

ま、つまり。
ある意味で血を着実に引いている証拠なのですが、従姉妹の子供達は不快に
思った部分もあるのではないかと想像すると、申し訳なく思います。

次にまた、いつこんな機会があるかはわかりませんが、その時はもう少し
控えめに飲むようにしたいと思います。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

さて、お約束どおりに。
とっておきのの写真を。

これ、撮る時には親御さんの許可を頂いたのですがね。
身内でもなんでもない人の写真をこういう場で公開して良いものなのかどうかと
悩んだのですが、どうしても皆さんに見て頂きたいので載せてしまいます。

Img_4503  

 

 
どうです!?

 

 

 

可愛いでしょう!!??

推定、ことみちゃん。

前の「こと三」と言うのは、本宮三之御柱が「本三(ほんさん)」などと呼ばれるのと
この子の名前を掛けている(こと三=コトミ)のではないかと思うのです。

ワタシが親御さんに撮影許可を頂いたら、近くにいたカメラを持った人達が
一斉に撮影してました(笑)。

2010年5月 4日 (火)

御柱祭に行ってきた

どうも。
本日6時半に帰宅した男・にゃん太郎です。

18時半ではありません、6時半です(笑)。

さて。
では今日は、見に行ってきました「御柱祭」のご報告を。

今回の御柱祭参戦メンバーは伯父(父の兄80歳)、伯母(父の姉73歳)、
父(71歳)、母(69歳)、そしてワタシ(40歳)。

以前も少し書きましたが、御柱という祭りはとにかく歩き回って見る祭り。
それなのに上記のような高齢メンバー。

こりゃあオレ、ある意味で老人ホームの引率だな…。

などと思いつつ出発したのですが、結果的にとんでもない誤解でした。
いや~、みんな歩く歩く。
ワタクシ、タジタジでございました。

ま、その話は置いておきまして。

我々のこの日の予定は二つ。

① 前宮の「建て御柱」を見る

② 本宮の曳行を見る

とりあえず、祭りの時期は朝から晩まで御柱中継をしているという地元の
ケーブルテレビで祭りの進捗状況を逐一チェック。

本日の総大将である御柱の大ベテランの伯父から「出発」の号令がかかったのは
10時でした。

今回留守番となった伯母と、この日帰らねばならなかった従兄弟に車で途中まで
送ってもらい、一ヶ月ほど前に御柱が渡った「宮川」沿いに出て、前宮に向かって
土手を歩きました。

天気は絶好、空気は透明、そして目の前には

Img_4500  

 

 
南アルプス!

 

 

  
 
オジサン、この景色だけでもう満腹。
来た甲斐があったというものです(笑)。

で、10分と歩かないうちに前宮に着きまして。
それから建て御柱がよく見えそうな場所を探したわけですが、この日ばかりは
私有地もヘッタクリもあったものではなく、境内の外の高台や林の中など、
至る所に人、人、人。

ワタシのようないわゆる「感観光客」では絶対に近寄れないような場所こそが
絶好のポイントだったりするのです。

お陰様でワタシには伯父(昔の御柱祭の時に地区を軽く仕切っていたらしい)という
超強力な案内人がいましたので、道無き道を通って、よく見え、腰が下ろせ、
木陰になっているという「良好」な場所を確保。

そう。
あえて「絶好」と言わない理由は、他人様の墓石のまん前だったから。
とりあえず皆でお墓に合掌し、飲料として持参していた水をお墓の水皿へと
お供えしました。

そこからの景観が

Img_4501  

 
こちら。

 

視界を遮るもの無し。 

 

 
 
左側の櫓の脇に柱が建ちます。

が、しかし。
待てど暮せど建て御柱が始まらないどころか、その気配さえも無いまま
一時間近くが経過。(大方の時間スケジュールはありますが、あってないようなもの)

へぇ、これじゃあ本宮曳行の一番良いところが終わっちまう

ちなみに伯父がいう「一番良いところ」とは「本宮一之御柱(通称・本一)」という
もっとも大きい御柱が、鳥居をくぐる場面だとのこと。

そんなわけで、我々は収穫の無いまま本宮へ移動することとなりました。

御柱祭に来たのに、この日まだ御柱を目にしていないワタシ。

いまひとつ気分が高揚しない中、歩きながら後ろを振り返ると

Img_4504  

 

 
青い空に、八ヶ岳!

 

 

 
 
手にしていた缶チューハイも手伝って、再度お腹一杯に(笑)。

その後ようやく

Img_4506  

 

 
第一御柱、発見!

 

 

  
 
と、書くとわかりずらいですね。
写真、本宮四之御柱です。

ね?
下社と違って、角が付いてますでしょ(笑)?

Img_4507  

 
前にこう、二本の綱がありまして。

基本的にこの綱を引っ張って

御柱を移動させます。

 

 
 
あ?
まったく気付かなかったけど、父が写ってました…(笑)。

で、まあ。
ココから先は、通勤時間帯の山手線のように人だらけ。

正攻法で本宮境内へ入ろうとすると入場規制がかかっていて入れない恐れも
あったので、「総大将殿」の判断で境内横にある、小さな入り口から入りました。

そして、伯父が「絶景ポイント」と言い切った場所に到着。

Img_4510  

 
見た目、こんな感じです。

写真中央の杉の影に鳥居があるのが

お分かりになりますか?

御柱がココをくぐり、境内に入ってからは

真ん中二本の杉の間を抜けてくるのだそう。

 

 

 
故に、御柱が自分に向かって迫ってくるように見えるのだとか。

とりあえずこの場に陣取ったワタシ達。
腰を下ろしておにぎりを頬張ったりしまして、30分ほど経ったでしょうか?

杉木立のずっと向こうから、甲高く澄んだ、恐ろしく美しい木遣りが聞こえてきました。

この瞬間、血が沸き立ち、軽い目眩を覚えるような感覚に。

そして全身に鳥肌。

聞こえてくるラッパ隊の音色、氏子衆の掛け声。

やがて鳥居の下に元綱を引く氏子衆の姿が。

そしてついに

Img_4511  

 

 
本宮一之御柱、現る!!

 

 

 
 
この位置で一旦止まりまして、氏子衆では綿密な打ち合わせが行われます。

というのも、メドデコ(角)の幅が鳥居の幅より広いため、真っ直ぐ引っ張ると
メドデコが鳥居の柱にぶつかってしまって境内に入らないのです。

ですから、御柱本体を鳥居に対して垂直ではなく斜めにし、片方ずつメドデコを
通さねばならないのです。

17mの大木を数センチ単位で動かさなければならない御柱の角度調整は
大変な作業なわけですが、ここが氏子衆の腕の見せどころ。
観衆も固唾を呑んで見守ります。

そしてついに

Img_4512  

 

 

前のメドデコが鳥居を通過!

 

 

 

 

 
 
境内は氏子衆の威勢の良い掛け声と、観衆の拍手と歓声に包まれました。

ここまで来ればあとは境内に引き入れるだけ。

後ろのメドデコが見えてからは、以下の写真でどうぞ。

Img_4513  

 

 

 

 

 

 

Img_4514  

 

 

 

 

 

 

Img_4515  

 

 

 

 

 

 

Img_4516  

 

 

 

 

 

 
いや~、あの興奮をお伝えできないのがもどかしいです。

こういう祭りは、やはりビデオですね。

ラッパの音色、掛け声、歓声。

音声をお伝えできないのは致命的です。

それでも伯父が絶景ポイントに案内してくれたおかげで、少ーーーしだけでも
感じていただけましたでしょうか?

で。
この後は、御柱を立てるために掘られている穴がある場所ま曳行されるのですが。

へぇ、そこまで見ていると前宮の建て御柱に間に合わなくなるでねぇ

という伯父の判断で、我々は前宮へと再移動。

人ごみを掻き分けて前宮に到着すると、ニ之御柱が「建て」の真っ最中。

Img_4517  

 
すでに佳境に差し掛かっており、

45℃は軽く超えてしまっていました。

だいたいそれくらいまでは

氏子衆は御柱に座っているのですが

この角度になるとご覧の通り。

 

 
 
ほとんどセミ状態(笑)。

Img_4521 

 

 

これでほぼ垂直。

 

 

 

 

 
 

Img_4519_3  

 

 
一番上にフサフサを取り付けて
(名前は忘れました)

 
ハイ終了。

 

 

  
 
正確に言うとこの後に「○○之御柱」「ありがとうございました」などの垂れ幕を
垂らすのですが、この時点ですでに15時半。

とにかく歩きに歩きましたので、80歳の伯父がそろそろ限界ではないかと
退却することにしました。

へぇ、まだ大丈夫だでなぁ。

と言ってはいたものの、前宮から伯父宅までは普通に歩いて15分程度。
それを考えると、やはりこのあたりが潮時かと。

そんなわけで、みんなで帰路についたのですが。

祭りの喧騒と人混みから離れるにつれ、ワタシ自身ドッと疲れが。

それは皆同じだったようで、フラフラを越え、ヨロヨロしながら帰りました。

Img_4523  

 

 
しかし、目の前には八ヶ岳。 

 

 

 
 
この景色だけが、帰りの救いでした(笑)。

ようやくなんとか伯父宅に辿り着いたのが、16時半前。

こうしてワタシの御柱祭は終了し、その後飲み会が始まったのですが
それはまた別の機会に書くことにして。

以下、今回の御柱祭について歯に衣着せぬ感想を。

とにかく、「人が多かった」の一言に尽きますね。
あとから聞いた話だと、今回の御柱祭は今までになく観光用のアピールを
したのだそうです。

それだけに、地元の人が「異常だ」と言うほどの人出になったのでしょうが、
祭りそのものに混乱はなく、実に「整然と」執り行われていました。

しかし、これは裏を返せば「地元の人にとってはつまらない」ということ。

喧嘩が無い、ケガ人もほぼ出ないという今回のような御柱祭は、ワタシの感覚ですら
「御柱祭では無い」と感じます。

ただ、「御柱祭らしくない」理由の一つには曳行経路の環境変化も有ることは事実。

道路整備が進み、とにかく道路幅が広がりました。

昔はメドデコが軒先すれすれをかすめたりするのは当たり前で、
いかにぶつけずに曳行するかが氏子衆たちのこだわりでもありました。

また時にはメドデコが店の看板を壊し、民家の軒先も持っていったりしたものです。

それを「ありがたい」と言う沿道のお宅もあれば、「この下手くそ!」と氏子衆を
怒鳴りつけるお宅もあったりで、その場で喧嘩が勃発することは当たり前。

氏子がメドデコから民家の屋根に飛び移って音頭をとったりすることもありましたが、
今ではそんな状況になる場所もありませんし、あったとしてもそんなことをすれば
大問題になるのかもしれません。

チョット大げさかもしれませんが。
今回はたった一日しか参加できませんでしたが、そんな短い時間の中で

この祭りは、いま大きな分岐点に立っている。

と思わざるを得ませんでした。

このまま観光路線を行って、祭り本来の荒々しさを無くしていくのか?

原点に立ち戻って、地元ための祭りにするのか?

それを強く感じたのは、先に写真で案内した「本一の境内曳行」の際でした。

御柱の前には何十メートルもの引き綱が付いています。
直進なら真っ直ぐに綱を引けば言い訳ですが、境内をカーブさせながら御柱を
引くにはその綱を様々な方向に引っ張らねばならず、かなり広い空間が無いと
それができません。

今回は観光アピールをしたためか、かなりの数の警官が出たり青年団が
出たりしていました。

その方達が空間確保のために「もっと下がって下さい」と観衆に指示を出すのですが、
残念ながら、前にいた観衆たちはまったくもって動こうとしませんでした。

それどころか何か文句を言った人もいたようで、逆に青年団の方が謝っている
場面もありました。

そんな状況ですから綱を思う方向に引くことできず、とうぜんながら曳行がスムーズに
出来ないという場面がありました。

昔なら地元の人ばかりでしたからそんな指示を出す必要はなかったでしょうし、
そもそも万が一にも引き綱に巻き込まれるようなことがあれば本人は笑い者、
大ケガをしたところで問題になることも無かったでしょう。

ま、これはほんの一例のお話なわけですが。

昨夜、従姉妹とも話したのですがね。

基本、祭りの主役は30代~40代。
今回の主役達は昔の荒々しさをギリギリで知っている世代でしょうが、
次回の主役達はもはや「温くなった御柱」しか知らない世代でしょう。

もし祭りを原点に近づけようとするのであれば、それを知っているワタシの両親世代が
元気なうちに次の世代に引き継がねば手遅れになると思います。

今回の反省会では、ぜひこの点について真剣に考えて欲しいです。

とまあ、全くの部外者のワタシがここで吠えていてもはじまりませんが(笑)。

最後になりますが。

今回の一般観光者の方たち、マナーの悪さは目に付かなかったのですがね。

やはり、祭りのような地域行事の観光に行った時には、地元のルール、
地元の人たちの指示に従わなければダメだと思うのですよね。
もちろん、「ルール」そのものがわからないこともあるとは思いますけれども。

なんというか、地元の人とかその土地とかに敬意を持って参加して欲しいと
強く感じましたし、少なくとも自分にこういう機会が巡ってきた時にはそうありたいと
思いました。

おしまい。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

Img_4505  

 

 
地元の方ですか~?

2010年5月 3日 (月)

ほぼ到着

ほぼ到着
どうも。
ただいま六時半。
長野県諏訪市内のファミレスで時間調整中の男・にゃん太郎です。

今朝は三時に自宅を出発し、明るくなる頃にはすでに八王子を通過。
渋滞もなく順調なドライブでした。

あまりにも早く着いてしまいそうだったのでだいぶ手前で高速を降りまして、道の駅などに立ち寄りました。

が、まだこの時間。
食事ができるような場所は開いておらず、気づいたら伯父宅まで10分ほどの場所まで来ていました。

街にはすでにハッピ姿の衆が出始めており、いかにも祭りっぽい感じです。

昨夜はやや寝不足で正直いま、かなり眠いです。
一日歩き回れるか不安もありますが、頑張って楽しんできまーす。

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