ご訪問ありがとうございます!


最近のトラックバック

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

« はぁ~、たまげたなぁ~ | トップページ | がびーん »

2010年6月25日 (金)

雑草

どうも。
最近なんだか寝つきが悪い男・にゃん太郎です。

さて。

先日所長から

にゃん太郎、今度の日曜に除草剤撒いといてくれ

と指令が出されました。

我が社の敷地のほとんどは土または砂利のため、真夏になると至る所が草ボーボー。

今年もすでにその兆しが見え始めており、本格的に生い茂る前に一度彼らを
叩いておこうというのが所長の作戦のようです。

まあその気持はわかるのですが、少々問題がありましてね。

今年はワタシ、例年以上に気合を入れてヒマワリの種を蒔きまして。
お陰さまでスクスクと大きくなっているわけなのですが、そのヒマワリの周りに
たくさんの雑草君達が。

薬を使って彼らを退治するとなるとヒマワリ君にも影響が出ることが懸念され、
少々ワタシ、困るわけです。

で、まあ。
今週はワタクシ内勤だったものですから、梅雨空の間隙を縫ってヒマワリ周辺の
雑草だけは人力で駆除したのですが、これがなかなか…。

真剣に草むしりなどするのはおそらく幼少以来ではないかと思うのですがね。

「たかが草むしり」と思っていましたが、いやはや大変に奥深いですなぁ。

色々感じたことはあったのですが…。

まず一番感じたこと。

   草 々 の 命 を 奪 う

ということ。

良い子ぶるつもりはありませんが、大変苦痛でした。

たかが雑草、されど雑草。

ワタシが彼らを駆除したところで種が絶えることはないでしょうが、一株一株には
命があるわけで。

聞こえこそしませんが、ワタシが抜くたびに彼らが悲鳴を上げているかと思うと
なんともやりきれない気持ちになり

   人はなぜ雑草を駆除するのか?

という思いに捉われました。

雑草が育つ場所は、雑草にとって都合の良い場所。
つまりは人や車に踏みつけられにくい場所なわけで、少なくとも我が社の場合は
そこに彼らのが息づいていてもほとんど支障が無いのですが…。

そんなことを考えながらの休憩中、さらに思いました。

はて?
「花卉(かき)」と「雑草」の違いとはなんなんだろ? ( ̄~ ̄;)
ウーン

感覚的には、人が美しいと感じるかそうでないかの気がしますが、
とりあえず辞書で調べてみました。

金田一春彦氏編の「学研 現代新国語辞典」によれば

花卉…花の咲く花。また花を観賞する植物の総称。草花。
    (草花…草にさく花。草の花。(きれいな)花のさく草。)

雑草…自然に生える、価値のない草。
        農作物や園芸草花以外のじゃまな草。

辞書のこの記述を読んである種の憤りを感じました。
(学術的にはもっときちんとした線引きがあるのかもしれませんが)

「花卉」は良いでしょう、この説明で。

が、しかし。

「雑草」については

結局は人間様のご都合かい! W(`0`)Wガオォー!

ただ。
冷静にこの説明を読み善意の解釈をすれば、「価値」は個人個人違いますし、
「邪魔」と感じるかどうかも一人一人違うので、「雑草」は人によって違うとも言えますが。

と、まあ。
なんとか自分をなだめつつ、草むしりをば再開。

普段は踏み固められている地面も、抜かれた草の根の部分は土がほぐれます。

そこから立ち上る、土の匂い、草の汁の香りが鼻腔をくすぐります。

もう何十年も忘れていた自然の呼気に包まれ、なんとなく元気が出た気がしました。

そうそう、元気なのはワタシだけではありませんでした。

ほぐれた土の中には、一所懸命に生きている虫たちやミミズたちがいました。

ワタシ達の見えないところで、自然の営みは続いているのですね。
とても嬉しくなりました。

そんなこんなの葛藤と喜びの中で一週間を過ごしまして。

ついに今日。
ヒマワリには関係のない場所に生える草たちに、除草剤を撒いたのですが…。

なんか、こう。

あれです。

ものすごーーーーく、罪悪感が薄いんですよね。
彼らをむしる時よりも。

むしる時には、草に触れれば彼らの形を感じますし、抜こうとすれば張られた根っこで
彼らの抵抗を感じる。

だからこう、直接的に命を感じるのですが。

除草剤を撒いていると、ともするとジョーロで水をあげているような錯覚にさえ
陥りました。

たしかに簡単で効率も良く、しかも取りこぼし無く除草が出来て便利ではありますが、

本当にこういう方法で良いのかな…?

と思ってしまった、日曜の午前中なのでありました。

おしまい。

« はぁ~、たまげたなぁ~ | トップページ | がびーん »

コメント

ふくはら ひろのぶさん>
こんばんは!
コメント返しが遅くなってしまい、申し訳ありません(汗)。
雑草を取り除くのは農耕民族のニッポン人の本能なのかなぁと思ったりもします。農作物を育てる上では、やはり雑草(農作物以外の草花)は作物の生育を阻む要因となりますので。ふくはらさんがおっしゃるところの「自然の香り」も、土をいじって生きてきた民族だからこその感覚なのかもしれないとも思います。
どちらも外人さんに訊いたことはないのでわかりませんが(笑)。
これからも他愛も無いどうでもいいような内容でボチボチ更新しますので、宜しければお気軽にご訪問及びコメントをお願いします!

Oddyさん>
こんばんは!
おっしゃるとおりですよね~。ワタシのようなことばかり言っていたら生活が成り立ちません。わかってはいても、なんとなく疑問を感じてしまう…。いつの間にか変なオジサンになってしまいました…(汗)。

♪くさーいとー いわーれー
mm~ mm~ mm~

でも、人間様が生きていく以上、
エゴは目をつぶるしかないわけで。

ご無沙汰してます、ふくはらです。

自分も数年前に家を買いまして、整備されてないその庭は、ホント雑草生えまくりです。
冬は普通に土が見えているその土地も、夏も近づくとそれこそ雑草が背丈をこえん
ばかりに伸び放題になっちゃいます。

そんなわけで自分もいやいや抜くのですが、その「いやいや」の理由はホントにゃん
さんと同じくの「罪悪感」であります。

自分も手で引っこ抜いたり鎌で刈ってるのですが、その作業のの一挙一投足に
かれら雑草の生命力を感じるのです。
それに加えて彼ら雑草、見れば見るほど可憐な花を咲かせてたりもして。
毎年しょうが無いので抜きまくってますが、やはりいつも「罪悪感」ははなれません。

しかし同時にこうも思うのです。
これが我々人間が生きていく「原罪」かと。

もちろん「原罪」だからとて、許されるものではないと思っています。
そう、毎回泣きながら、いや寧ろ、ゴメンねと歯軋りをしながら、雑草を抜くしか
ないと思っています。

p.s.
と、これだけ自然への畏怖の気持ちを語りながらも、やはりにゃんさんの言った
農作業(笑)後の自然の香り(特に指先についたものなど)に、生きている充足感を
感じずにはおれません。
なんでしょうね、我々人間てば。
これからもニャンさんと、ちょっとでもこんなふうに語っていければ... なんて思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138568/48716275

この記事へのトラックバック一覧です: 雑草:

« はぁ~、たまげたなぁ~ | トップページ | がびーん »