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2010年6月23日 (水)

二年に一度のお約束

どうも。
飲み屋の襖に挟んだ親指が痛み続けている男・にゃん太郎です。

さて。
昨日は二年に一度の「適性診断」を受けてきました。

適性診断とは何ぞや?

と思われた方は、二年前のこちらの記事の下段をお読みになって下さいね。

で。

毎度のことながら、

こんなことで適性なんかわかるのかね~。 (ー.ー") ンー

と半信半疑での受診。

診断機関が事業仕分けの対象になっただけに、今回は余計に疑心が…。

そんな適性診断。

どんなことがわかるのよ?

と思われる方もいるかと思うので、きょうはその診断票を公開してしまいます。

ちょっと見づらいかもしれませんが、ご容赦を。

Img_4650  

 

 

 

 

 

 

 
 
 

Img_4651  

 

 

 

 

 

 

 

 

Img_4652  

 

 

 

 

 

 

 
 
 

Img_4653  

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな感じです。

協調性が前回より悪いのは、

横断歩道以外の場所を渡る歩行者は車にはねられても仕方がない

的な設問に

かなりそう思う

と答えたせいでしょうか…。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

二年前までは「一般診断」は義務でなかったと思うのですが、
どうやら現在は義務化されているようです。

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コメント

にゃん氏へ
まさにそれですよね。特にその日の気分の影響っていうのが大きいでしょう。

ジョニーさんへ
すごく南です。お待ちしておりますhappy01

ニャン太郎さんへ
それは痛いほどわかるなぁ
普段の行動をみないでなにが口先だけのテストだよとね
人の見えないところででいい事してる人て、そうなんすよねぇ

y21さんへ
そーなんですよテスト
まったくね
y21さんは日本の あのどちらにいらっしゃるんでしたっけ
遊びに行こうかなぁ
たしか南の方だと思いましたが

ジョニーさん>
こんにちは!
いや、あの。まったくもって冷静に受診していますよ。
実はこの診断、毎回同じ設問の冊子のため、どう回答すれば模範的な「良い結果」が出るかはだいたいわかっているのです。事実、初めの二回くらいは「好成績」を残していました。しかし、ふと疑問に思ったわけです。「適性診断は良い結果を出すための試験ではなく、素直な気持で答えて運転の際に自分に足りないものを見つけ出すものなのではないか」と。で、それ以来、自分の気持に正直に、心の中で「微妙だねぇ、普段はそうでなくても、こういう場面だったらこう思うし…」などと自問自答しながら回答しています。(笑)。
毎回同じ設問にも関わらず、そのたびに微妙に結果が変わるのは、時間と共に考え方や感じ方が変わること、時にはその日の気分などが影響しているのかもしれませんね。

y21さん>
こんにちは!
本当はこういった内容は記事としてあげたいのですが、書き出すとただの愚痴になってしまいそうでこれまで控えていました。
今回は思わぬ形で思いを吐き出すことになりました。
思わぬお気遣いをさせてしまいスミマセン。そしてありがとうございます(笑)。

おお~! 熱くなってますね! 安全意識の高さがうかがえます。
会社の安全会議でもこんな議論ができたらもっと実のある会議になるんじゃないでしょうか?
実際やってたら睡眠時間がなくなりますけどねwobbly


安全意識が極めて高い仲間同士でもこれだけ議論になるわけですが、世の中には安全意識の低い人や技術・能力の劣る人、さらには残念ながら悪意を持った人など様々な人がいますよね?
それらの人たちに腹を立てたり意見しても意味がありません。
そういう人たちの存在を認めた上で、自分自身は他の模範となる運転を続けなければなりません。
それができれば真のプロドライバーではないでしょうか。

…こんなんでまとめていいっすか?


にゃん氏の適正診断なのにジョニーさんがテストされてしまっているようにも見えてしまいますねcoldsweats01

ニャン太郎さんの言われる事は
十分理解した上で
更に上の話をしたんですが

なんだか通じなかったようで

ニャン太郎の気持ちも十分理解した上での
その上での話だったんです

ニャン太郎さん
致し方ない にかなりそう思うというのは
キツイですよ
やっぱり

致し方ないとは 思えない
そういうニャン太郎さんでは
ないですか

ニャン太郎さんは
怒りながらテストを受けているようです
日頃の怒りがテストにぶつられているようで
イライラしてらっしゃる?

いまのコメントでも
ジョニーが歩行者の代表のように錯覚してませんか

そうぢゃないのになぁ

日頃のお怒りごもっとも
そりゃぁそうでしょうとも
わかってますとも
ジョニーも嫌な経験ありますよーわざわざフロントに顔寄せてきたフザケタどうしようもないのや、なんやらやら、なんど轢き殺そうとしたか
嘘ですが

違うんです
怒りで本当のニャンさんを忘れてほしくないなーと思ってるんです

怒りに任せてテストに そんな致し方ないなんて書いても
飯のタシにも点数のプラスにも
なりませんよね

そうぢゃありませんか
だったらそんな事かかないで
どんなに腹正しくても
致し方ないとは思わないと
そうあってくださればうれしかったんです

テストに 致し方ない に
かなりそう思う のは
本音なんですしょうね

それは理解できなくもないです
でもそういう運転は
俺はしていない
そう俺は かなり思う
という項目があれば

ニャンさんも そちらを選ぶでしょう

そこなんですよ
ニャン太郎さんが丸を付けるところは

そして その項目がないのなら
深呼吸して

うん
致し方ないとは
思わない

丸つけてほしいわけなんです

潜在意識に そう意識させるだけで
事故がニャン太郎さんから離れていきます
謎のX氏もいつも心配してますよ
致し方ないと考えてしまえば、潜在意識が致し方ないと思われる事故を引き寄せてしまいます
引き寄せの法則です
怖い話ぢゃないですか

ちなみにジョニーは運転手を攻撃しているわけでもないのでさ

なんてったって
同じく運転手の気持ちなんですぜ
それも通じなかったかー

そうそう
精神神経科の先生の中で
無茶苦茶患者に腹立たせるような失礼窮まりない質問をするかたがいました

あとで聞くところによれば
相手をイライラさせ、怒らせ
腹をたたせることによって、本性をさらけ出させるんだそうです

本性は本音かもしれません
でも 本音というのはその人間の姿とは別です
本音で運転してないぢゃないですか
あるべき姿で運転しているではありませんか
テストは本音をぶつける場所ではないんです
テストは友達ではないんです
本音をいっても仕方ない相手なんです

テストで、どこまで忍耐強いかを試されたんですよ
今までぐっと 堪えてきたんではありませんか
なのに、ほーらひっかかった
と 今頃ほくそ笑まれて悔しくないですか
今頃まで堪えてきたのなら
テストにからかわれようが挑発されようが
びくともしないはずぢゃないですか
ねぇ

いつもの真の己をぶつけていく
そうであって欲しかったんですよニャン太郎さん

長くなってすいません

Oddyさん>
こんばんは!
いまは内勤も多くなったワタシですが、一年のほとんどをトラックの中で過ごしていると、とても信じられないような状況を目の当たりにすることが何度かあります。
その中に「こんな場所、横断すんな!」と言いたくなる場面があるのです。
賛否はあるのでしょうが、率直に言って正直な気持ちです…。

ジョニーさん>
こんばんは!
ワタシの書き方が悪かったのでしょう。誤解されている部分があるようですが、細かく弁解するのは大変なので、以下素直な気持ちを書かせていただきます。
まずはじめに、ワタシは「轢かれて当然」とは思っていませんので、そこはご理解いただきたいと思います。
ワタシたちプロのトラックドライバーのほとんどは、一般のドライバーが想像もつかないほど、慎重かつ交通弱者に優しい運転をしていると自負しています。それは皆さんから寄せられる一つのクレームで乗務停止になって給料が減り、一つの小さな事故で仕事を失い生活が成り立たなくなるからです。もしかしたら、安全を考える動機としては間違っているのかもしれません。しかし結果としてそれが交通社会を守ることになっていると考えます。
ですから、毎日がまさに真剣勝負。我々は視界に入る全ての状況を把握し、その後の動向を予想し、時には見えない部分やモノの状況をも想像して走っています。「プロだから当然」と思われるかもしれませんが、毎日10時間を越える運転中、常にその状態を保つのは大変なことです。
そしてこのように精一杯の注意を払っていても、いえ、払っているからこそ周囲の理不尽な状況・行動に「ふざけるな!」と怒鳴りたくなるようなことが年に何度かあります。
健常者で正常な判断を出来るはずの人がそういった行動をとったときにそう感じてしまうトラックドライバーは、その瞬間「誠意に欠ける行動」をしているのでしょうか?「高飛車な態度」をとっているのでしょうか?「正義を振りかざしている」のでしょうか?クラクションを激しく鳴らしたり車を降りて怒鳴りつけたりするならそうでしょうが、ほとんどのドライバーは車の中でグッとこらえています。ドライバーのその姿を想像する時、申し訳ありませんがワタシはそうは思えません。グッとこらえているドライバーこそ、まさに「自分を生きている」と言えるのではないでしょうか?
我々ドライバーは交通社会の安全を守るため、家族を守るため、自分の生活を守るために、まさに命がけで仕事をしています。それなのに自分ではどうにもできない原因で事故が起き、生きていても死んでしまうことがあるのです。
言葉尻を掴むようで申し訳ありませんが「ルールというものは人を守るためのもの」だというのであれば、我々もまた「ルールに守られたい」と考えます。
ジョニーさんのおっしゃっている事を否定するつもりはまったくありませんが、ワタシの考え、ドライバーの立場を少しでも理解していただければありがたく思います。

y21さん>
こんばんは!
どうぞどうぞ、この場で良ければどんどん他の皆さんと交流されて下さい!
そちらは梅雨明けで夏本番ですね。こちらはまだジメジメの毎日です~(涙)。

あぁ、コメントを書いてたらジョニーさんとの会話になってしまうところでしたsweat01

飛行機が苦手でなければ是非こちらに遊びに来てくださいね~airplane

y21さんて前々から
なんていい人なんだろうて
思ってたんですが
なんか泣けてきました
うぅ
なんすかこのタイミングで絶妙な切り替えし
神業です
ジョニーはゴキブリみたいな奴です

ニャンさん いい人なんです
ありえないくらい
でもたまに
なんか 気の毒なときがあって
それは
自分で自分を縛ってしまうときがあるみたいで
あ 勿体ないなーて
思ってまうんです

真面目故に みたいな
誰も言わないのに、真面目の枠に自分の基準を納めようとするというか

真面目て 時として 怖いもんです
真面目な人は
真面目という楯から離れなれなくなります
自分なりの考えを放棄してしまう可能性がある
正義だからいい、これがルールだからいいと考えて
自分らしさを捨ててしまう事さえあります
あんなに優しい人なのに、ズバッとなにをか言ってしまう
多分ストレスもあったんでしょうが…
不完全故の美しい世界を
定義してしまうこたない
また逆に、だからこそ
不完全な世界で、自分らしさを生かしてほしいわけです
車の運転は、どんな時だって、ニャン太郎さんであり続けてほしい
あの空の写真を撮るような
そういう心で
と、つい

y21さん
今度有り金はたいて御礼申し上げに伺います
ジョニー年寄りで83歳なんで
ホント 申し訳ないす

冗談ぽく回答したのでしょうけど、ちょっとにゃん氏の文章が足りなかったようですね。
おかげでジョニーさんのありがたい文章を読むことができましたけどcoldsweats01

私も適正診断が義務化されていたりすることには疑問を感じます。
なんかぁゃιぃなと。
なので私も適正診断のときにありえないような回答をわざとしたことがありますよ。
許される範囲の冗談でですけど。
もちろんハンドルを握ったら冗談は抜きですrvcardash

歩行者側も問題で、体調不良の場合
まっすぐに歩いていても、曲がって歩いてしまうというのは
事実としてあります
三半規管がおかしくなってしまうわけです
本人はまっすぐ歩いているつもりなのです
それから子供ですね
子供だって老人だって、ラリッた人だって、横断歩道から出てしまうことは多々あるとおもいます
それを、しょうがない・・・というふうには
歩行者はいきません
死んでしまいますからね
誰も死にたくはないですし、痛い思いはしたくはないでしょうから
なるべ逸脱しないようには考えます

ただ、人間というものは、歩き が先です
先輩は 歩く  ほうですね
車は後輩です が、規律を守らないのが悪いんだ
という高飛車な態度に出るというのは、いささか解せません

われわれがいる場所は、大地だということ。
そこに行きかう人間にいささかにルールが必要だということ
それは命を守るためにルールがあるわけです
ルールに従わないから命のことはどうでもいい
というルールではないのです

それは、発想がすでに逆転してしまっていませんか?

人と人とのお互いのつながり
を 見失ってはいないでしょうか?

よく袖振り合うも他生の縁というんではありませんか
よしんば、圧倒的に相手に非があったとしても、
人間が大地の上にごそごそ生きている限り、
事故というものは発生してしまうかもしれない
ぶつかってしまって すいません ということが
歩いている者同士はあります
車同士にも、なにかの係わり合いがあるわけです
歩いているものと 車で事故があった場合
それは悲劇的だと思います

ただ、そうならないようにお互に注意しましょうというのが
ルールですよね
そのルールというものだけをみていると
本当に大事なことを忘れてしまいませんか?
ルールこそが、大事なのでしょうか?

どんなときにも誠意で生きる
これが本当じゃないでしょうか?
ルールに従わないものは、自己責任だ というのは簡単です
でもそれでは、人間が運転する意味がありません
車というものは、人間が運転するものです
その人の人となりが、そこに現われているからこそ 
美しい乗り物なのではないでしょうか?

ルール に縛られて、本質を見失ってしまうと
人間がロボットになってしまいませんか?

うまくいかないことのほうが、多いのです
ルール通りにいかないことのほうが多いのです
それこそが、生で生きているということなのではないでしょうか?
ルールというものは、人を守るためものです
人を縛るためのものではありません
ルールを持ち出して正義を振りかざすのは、面白くないではありませんか?
どんなときにも、自分として、自分なりの心で
やっていける
それが自分を生きるということではないでしょうか?

もっと心を自由にしてくださいな

車には惹かれるものであって、轢かれてしまうのはかなわないです

わたしも横断歩道以外を歩いている・・・
はそう思います。

まあ、それで試験に通るとかじゃないので
注意喚起だと思えば。

まあ、酒に弱いと良いながら潰れる40代の
馬鹿者もいますけどね。

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