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2011年2月17日 (木)

流れる時に身を委ね

どうも。
花粉との闘いに土俵際で耐えている男・にゃん太郎です。

さて。
前回の土・日と連休だったワタシ。

正月はバタバタで実家に居た時間(睡眠時間含む)は12時間の親不孝。
更にはこの日、長野県在住の伯母がたまたま実家に来るという事だったので、
ここで帰省してきました。

普段なら夕食に間に合うくらいに戻るのですが、この日は昼食前に帰省。

食後、厚く重い雲の下、必殺の「帰省散歩」を敢行してきました。

前回は「裏山散策」でしたが、今回は「通学路探検」としまして、我が中学校を
訪ねてきました。

実家から中学校への道のりは1500m。
国道356号線を西に向ってトコトコ歩いて行くと、中間点手前に「富士見橋」という
成田線を越える跨線橋があり、まずはこの上からの景色を楽しむことに。

と、思ったのですが。
残念ながら景色はかなり変わっており、あまり楽しめず終い。

ワタシが中学生だった頃。
ですから、25年前ですか?

この橋上から西側を見ると高い建物などほとんど目に付かず「街を見下ろしている」
感じがしたのですが…。(その名の通り富士山も見えましたが、今どうなのかは不明)

今では遠方はもちろん、割と近い場所にもマンションや背が高いワンルームの
建物ができており、実に見通しが悪くなっていました。

そんな景色を右手に見つつ、ややガッカリしながら橋を降り、その先の緩い右カーブに
差し掛かると、道路両脇にたいそう立派なトヨタ自動車がありビックリ。

また、その裏にもマンションができていて再度ビックリ。

ディーラーもマンションも無かったんだがなぁ。

と言っても、ココがなんだったのかは思い出せんなぁ。

原っぱだったんだっけかなあ…? ( ̄~ ̄;)ウーン・・

などと考えながら、もはや「原っぱ」という言葉自体が死語なのではないかとも
思ってみたワタシは「天王台駅入口」交差点で信号待ち。

この交差点の数十メートル先には仕事の納品先であるバス会社があるので、
結構見慣れた景色。

しかし仕事とは違い、今日は徒歩。

トラックの時にはチラリとしか見ることができない場所も、今日はじっくりと見られます。

まずはそのバス会社の向かいにある薬局。
こちらは中学・高校の後輩で、特に高校時代は一緒に通学していたという親しい後輩
(その後付き合いはありませんが)の自宅。

さりげなく覗いて見ると、ワタシが知っている頃のいわゆる「薬局」とは少し様子が
変わっていて、コスメティックに重きを置いた雰囲気になっていました。
故に店員さんも若い女性が何人か居る感じで、男っ気はゼロ。

足を踏み入れる感じではなかったので、そのまま前を通過。

続いては、その薬局の隣りの個人商店の電器屋さん。

この電器屋さんは両親が我孫子に越してきた時から世話になっているお店であるため、
店主夫婦のことはワタシも子供の頃から知っています。

我が家に初めてやって来たボタン式チャンネルテレビ、ミニコンポ、ビデオデッキ、
CDプレーヤー。
これらすべてはこの電器屋さんで買った物。

もちろん、実家の地上デジタル放送対策もこのお店。

我が家の家電の歴史は、この電器屋さんと共にあると言っても過言ではありません。

そんな電器屋さん。
すでに奥さんは他界し、ご主人は引退。
今では息子さんが仕切っているとのコト。

で、その「息子」。

こちらはワタシの、中学校の同級生。

その電器屋さんの前を通過しつつ、窓越しに中を覗くと…。

あ…。( ̄ε ̄;)

中肉中背の、ヒマそうに鼻くそをほじるオッサンを発見。

しかし、ワタシはそのまま素通り。

なぜならこの「店主」とは同じクラスになったことはなく、お互いに顔は知っているものの
話したことが無いのです。

目が合った気がしましたが、なにせ25年ぶり。
こちらは彼だと思って見るので分かりますが、彼がワタシに気付くとは思えません。

が、ワタシはハタと立ち止まって考えました。

しかしなあ、同級生云々はさておき、現に今も親が世話になっているんだから
やっぱ挨拶ぐらいした方が良いかもしれんな。
多分この先も電器関係で何かあれば、ウチの親は彼を呼び出すんだろうから…。

以下、心の中のシュミレーション。

ワタシ) こんちは。
      あそこに住んでいるにゃん太郎家の息子ですが。

彼 )   あ、これはどうも。

ワ) いつもお世話になっているようで…。

彼) いやいや、こちらこそ…。

ワ) 色々わがまま言うでしょうが、これからもよろしくお願いします。

彼) こちらこそ、今後もご贔屓に。

ワ) …。

彼) …。

…。

……。

………。

なんか、中途半端な知り合いだけに微妙に気まずそうな気が…。

…。

うん、気まずいな…。

やっぱり、やめておこう。 ( ̄~ ̄;)

てなわけで。
やはり素通りすることに決定、
そのまま中学校に向うことにしました。

ココまで来れば目的地は目の前でして、三分ほどで学校前に到着。

正門はワタシが歩いている国道側なのですが、校舎そのものが道路に近いだけでなく
この校舎は横に長いもので、こちら側からは学校全体の雰囲気を窺い知ることは
難しい状況。

故に学校の敷地外をぐるりと回り、全貌を見渡すことができる裏門側に行きました。

その裏門側からの眺めが

Img_5333_2  

 
 
こちら!

写真には写っていませんが

右手にもう一つ小さめの校舎があります。 

 

 

いやはや、実に懐かしい…。

写真の校舎はワタシが中学校二年生の時に完成したもので、なんと全長110m

当たり前ですが、校舎に入ると110m真っ直ぐに廊下が伸びています。
初めてこの廊下の端に立ち、その先を見た時の衝撃は今でも忘れられません。

ワタシは一番端の教室だったのですが、休み時間に逆端の教室まで遊びに行くのは
大変なことでしたし、遊びに行ったら行ったで自分の教室へ戻るのにかかる時間を
常に意識していないといけないという…。(廊下は走ってはいけません!)

そんなことを思い出しながら、一人ニヤニヤしながらしばし校舎を眺めた後、
校庭に視線を。

ワタシの中学校の思い出は、この校庭にあると言えます。

桜舞う中。
灼熱の太陽の下。
赤トンボが見守る中。
吹きつける北風の中。

この校庭のトラックを何万周したことか…。

部活の仲間に恵まれ、充実した青春時代だった。 (T^T)じーん

と、オセンチになってみたものの、ワタシにはあまり時間が残されていなかったよう。

空を見上げると雲はますます厚くなり、今にも泣き出しそうな様相に。

こりゃあ、早く帰らねば。

裏門脇の坂道を下り、ワタシは帰路に着いたのですが…。

これがまた、住宅だらけに。

昔は見通しの良い景色の中に住宅の塊が点在している感じだったのですが、
今ではどこも家だらけ。
5m道路ギリギリに家が立ち並び、昔を知っているワタシには大変な圧迫感。

ようやく大き目の通りに出ることができ、パッと目の前が開けると。

あ! ( ̄◇ ̄;)

なんと、視線の先にはワタシがよく通った文房具屋さんが。

まだやってるのか…!

まだコンビニエンスストアが無い時代。

にゃん太郎少年はシャーペンの芯一つ、ボールペン1本買うにもこの文房具屋さんを
利用していました。

入口はわずか半間の自動ドア。
一見雑然としているように見えて実は整然と文房具が並んでいる狭い店内に入ると、
奥の部屋から「ハーイ」という元気な声と共に、ペギー葉山似のオバチャンが出て来る。

また、お世辞にもキレイとは言えず、驚くような文具があるわけでもないお店でしたが
ワタシにとっては何故か居心地が良く、特に用が無くてもなんとなくお店に立ち寄り、
そしてオバチャンと二言三言言葉を交わして帰ってくる。

ワタシにとっては、そんなお店でした。

その文房具屋さんが。
変わり行く景色の中、まるでそこだけ時間が止まっているのかと思うような店構えで
佇んでいたのです。

一気にテンションが上がり、小走りでお店に近づくワタシ。

あのオバチャン、まだいるのかな?

「手動です」という貼紙がある「自動ドア」越しに中を覗いてみるも、人影無し。

オバチャン、ウチの親より年上っぽかったからなぁ。
まだ生きていても、さすがに代替わりしてるだろうなぁ。

そんなことを思いながら、無駄に背伸びなどしながらさらに覗き込んでみたりして。

しかし、あいかわらず人の気配はありません。

う~ん。
せっかくだから、入ってみようか?
とりあえず、日記用万年筆のインクでも買えば良いか。

と、いうわけで。

「自動ドア」を手で開け、来客を告げるチーリンというベルの音に背中を押され店内へ。

すると奥から

はーい!

という、元気な声が。

うわ、懐かしいなあ。
しかしこの元気な声、やはり代替わりしちゃったんだな…。

そうは思ってみたものの、変わらない店内と変わらない文房具屋さんの香りがワタシを
包み込み、まるであの頃、昭和時代に戻ったかのような感覚に。

そんな錯覚に陥っているワタシの前に、声の主が現れました。

ああ!?
あのオバチャンだ!!! 
シェー
「( ̄□ ̄;)」

髪は真っ白になり、顔の皮膚が垂れ、すっかりお婆ちゃんになってしまっていますが、
紛れも無くワタシが知っている「オバチャン」です。

オバチャン) はい、いらっしゃい。

見た目と裏腹の張りのある元気な声に、改めてビックリ。

ワタシ) あ、あの。
      パイロットの万年筆のインク、あります?

にゃん太郎、なぜかしどろもどろ。

オ) ハイハイ、ありますよ。

ワタシに背を向け、片隅の引き出しをガサゴソするオバチャン。

驚いたな、まだバリバリの現役とは…。

オ) 色は?

ワ) は?

オ) インクの。

ワ) あ、黒で。

オ) ハイハイ。

さらにガサゴソ。

と。
オバチャン、引き出しを漁りながら。

オ) この辺りに、住んでいらっしゃるの?

ワ) いえ…。

インクを手に、振り向いたオバチャン。

オ) 久しぶりねぇ…。

ワ) えっっ!!

オ) お元気でした?

ワ) 覚えてらっしゃるんですかっ!!!???

オ) 覚えてるわよ~。 (⌒ー⌒)

満面の笑みのオバチャン。

オ) どうしたの、今日は?

ワ) いや、ちょっと、実家に帰ってきたから散歩に来たんですが。
   まだお店やってたんで、懐かしくなって…。

オ) あらそう、ありがとう。
   ハイ、400円。

ワ) あ、どうも。
   また帰ってきたら、顔出します。

オ) ええ、ありがとう。

といった感じで店を後にしたのですが…。

これはもう「感動」という言葉では表現できないほど、感動しました。

このお店、学校が近く立地が良いので結構繁盛していたんですね、子供たちで。

ワタシが物心付いた時からあるのですから、おそらくは40年近く、またはそれ以上の
長きに渡るご商売。

お店に出入りした子供たちは千人単位ではなく、万の単位だろうと思います。

そんな中、不肖にゃん太郎を覚えて下さっているとは…。

思い返せば、大学生になってからも何度か利用したことはあります。

それからで考えても、かれこれ20年。

本当に驚きました。

この辺りに、住んでいらっしゃるの?

は「見慣れない客だな」ではなく「まだこの辺に住んでいるの?」だったのですね。

お店を出てしばらくしても興奮冷めやらぬワタシでしたが、やがて驚きと嬉しさで
足が地に着いていないワタシを戒めるかのように雨が。

慌てて実家に駆け込んで、母にこの話しをすると。

母) あなた、相当変わった子供だったのね、きっと。

ワ) は?

母) じゃなきゃ、普通覚えてないでしょう?

ワ) ごもっとも。

母) ま、そう育ったのは親の責任だけどさ。

ワ) …。

…。

いやいや。
たしかに、自分が変わっていると自覚することはあります
よ。

虐められたり、自分がイヤになったり、オヤジやアナタを鬱陶しく思ったこともあったけ。

でもね。

最近アナタ達と会って話すたび

この人達に育てられて良かった

と思うのです。

そして今回は

この街で育って良かった

と思ったのです。

今はすっかり「一人で生きてきた」つもりになっていますが、「ワタシ」はアナタ達や
この街によって創られ「生かされてきた」のですね。

そしてやがて、今住む街に生かされていることを感じる時も来る。

考えれば当たり前のことなのですが、最近、ようやく解りかけてきた気がするのです。

どうですか?

アナタ達の「子供」も、少しは「大人」になったでしょうか…?

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