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2011年10月27日 (木)

「建具屋カトー」の気分

どうも。
右足に違和感ありの男・にゃんたろうです。

まず、表題はさだまさし氏の「建具屋カトーの決心」から引用したものです。

今日の記事を書きながら、曲の登場人物「カトー」の気分になりました。
最後にリンクを貼っておきますので、記事を読んで頂いた後にぜひお聞き下さい。
(9分弱と長いですが)

では本題。
先週はラジオの聴取率調査週間でした。

この週間には各局各番組とも様々な手段で聴取者を増やそうとするわけですが、
ワタシが愛聴する文化放送さんでは一週間かけて1980年代のヒット曲をかけるという
大きなテーマを掲げていました。

1980年代と言えば、ワタシは10歳~19歳。

最も多感な時期であり、また最も歌番組に興味があった時期でした。

で。
そんな時期の、数々の曲が流れたわけですがね。

まさに「歌謡曲黄金時代」だったんだなあ

とつくづく思いました。

多感な時期に聴いた曲なので、流れるヒット曲に様々な思い出があるということも
あるのでしょうが、それを割り引いたとしても「音楽業界のピーク」の観。

そう感じた大きな理由の一つは、良い意味で業界が混沌としていたということ。

80年代はいわゆる「アイドル全盛時代」ですが、そういった人達の曲ばかりがヒットするのではなく
フォークソング、ニューミュージック、演歌、ロックにも多くのヒット曲が。

故に幅広い世代・幅広いジャンルの出演者が一つの画面の中に存在し、それ故に
あらゆる世代の視聴者が同じ歌番組を楽しむことができ、結果的に「誰でも知っている曲」が
あった時代だったように思います。

例えば、10代だったワタシは当時中森明菜さんに夢中でファンクラブに入会。
その傍らで学校帰りに「夕焼けニャンニャン」を観に行ったりもして、いわば典型的な
アイドル好きのミーハーな少年でした。

しかしその一方では、村下孝蔵さんの「初恋」に胸を締め付けられたり、松山千春さんの
「ながーーーーーーーーーーーーーーーい」に仰天させられたり。
(当時テレビには出ませんでしたが)

そんなにゃん太郎少年が見ていた歌番組でも、大川栄作さんが「さざんかの宿」で
タンスを持ち上げたり、八代亜紀さんが「雨の慕情」で印象的な振り付けをしていたり、
竜鉄也さんが「奥飛騨慕情」で白い杖を片手に歌っていたり、吉幾三さんがベストテンで
1位を獲得した感涙で「雪国」を歌えなくなったり…。

そんな場面があったものです。

また、この時代はレコードからCDへの移行期。
急激に変わる音楽ソフト業界において、短期で爆発的に売れる曲はもちろんのこと、
息長く売れ続けてミリオンヒットとなる曲もありました。

例えば我々世代なら誰もが知っていると思われる、瀬川瑛子さんの「命くれない」。

こちらの発売は86年の3月だそうですが、87年になってから火が着いて大ヒット。

明けて88年の初頭にもベストテン系番組にランクインを続けていて、最終的に170万枚を
売り上げたそうです。

こういった時代と比べると、今の音楽業界は明らかに異なっていると感じますよね?

最近では「千の風になって」や「トイレの神様など」のヒットがありましたが、基本的に
売れている曲はグループアイドルやジャニーズ系。

海外の方々が活躍されたりはしていますが、基本的にジャンルが狭くなった気がしますし、
個人的には昨今売れている曲は「ヒット曲」と呼べるのか?という疑問が残ります。

まあ。
先週はそんなことを考えながら、トラックのラジオから流れる数々の80年代の曲を
熱唱していたわけですが…。

異論を唱える方がたくさんいるであろうことを承知で申し上げますと、個人的結論としては

業界が進化した結果こうなったのではなく、退化した結果がこれなのかなあ

と。

ワタシ自身、ジャンルが絞られていくことは「自然淘汰」であると考えますが、
それはやはり日本の音楽業界にとっては大きなマイナスだと思うのです。

「売れる曲」のジャンルが狭くなる=その他ジャンルの曲が消える

という図式が成り立たないかと言えば、そうでもないのではないでしょうか?

最近はテレビもラジオも音楽番組そのものが本当に少なくなりました。

お笑い、バラエティー、韓流。

どれも否定するものではありませんが、放送業界の方には「誰でも楽しめる音楽番組」を
製作して欲しいと切に思う、41歳でありました。

…。

ということで。

ん~んん、ちょっっっとマジんなっちゃたかなぁ…。 

     ↑さだまさし氏「建具屋カトーの決心」風。(名曲。ぜひおき聴ください。こちら

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コメント

ジョニーさん>
こんばんは!
以前書いたかもしれませんが「中森明菜に告白されたらお前と別れる」と発言し、彼女にしばらく口を利いてもらえなかったことがあります(笑)。
私はジョニーさんの反対で、洋楽はまったく聞きませんでした。あ、みんなの歌は聞いてました。北風小僧の寒太郎ですね、これからの時季は(笑)。

夕焼けにゃんにゃん で にゃん太郎さん なんでしょか
潜在的に?  ははは

中森明菜の話で ~にゃんさんて 愛すると一直線~なんですなぁ
と 不覚にも笑ってしまいました   いいじゃないですかねぇ 恋せよ少年ですよ

自分は洋楽の人だったので その頃の邦楽は一切聞いてないんです
洋楽 いい時代でしたよ~
60年代 70年代の先輩方にいわせれば、80年代の洋楽なんざ~って扱いだそうですけどね
苦笑
その時、その瞬間の音楽が思い出ですよね

音楽番組が少ないですけど これから もっと減るかもしれませんね
みんな の 歌は残ってほしいです


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