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2012年5月

2012年5月29日 (火)

インドのお饅頭

どうも。
近付く夏を思うとゲンナリした気分になる男・にゃん太郎です。

さて。
ワタシが走りに行くコースに洋菓子屋さんがありまして、そのガラスに「マカロン始めました」という
貼り紙がしてあります。

振り返ればおそらく数年前から貼ってあったと思うのですが、スイーツどころか「食べる」という
行為にまったく興味が無いワタシは「マカロン」なるものがどんなものなのかを知ろうとすることも無く
ずっと過ごしてきました。

が、しかし。

先日の「食わず嫌い王」で、きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅさんが
マカロンを食してるのを目撃。

ははー、これがマカロンか。

と。

ところが画面で見るマカロンは、ケーキのようでもなければクッキーようでも無さそうな感じで
かと言って饅頭のようでもなさそう。

ん?

饅頭?

そういえばむかーし昔、なにかのスイーツをインドの饅頭だと思い込んでいた
友人がいたような…。

ってなことで、今回の表題になったわけですが。

あれは二十数年前、世の中がバブル絶頂だった頃。

世の中では「ティラミス」がチョットしたブームになっていました。

そんな折、ある友人(♂)がそのまた友人の女子に尋ねたわけです。

ティラミスって、どんな感じの食べ物? ( ̄~ ̄;)

と。

すると、茶目っ気十分の女子は

ーん。
簡単に言うと、インドのお饅頭かな。 
(^-^ ) ニコッ

で。
その友人(♂)はすっかり信じ込み、それから数年間は

テ ィ ラ ミ ス は イ ン ド の お 饅 頭

と思っていたのですね。

…。

ま、「だからなんなのさ?」ってな話しなわけですが。

一連の「マカロン」の流れから、そんな昔の笑い話を思い出したので書いてみました。

おしまい。

2012年5月21日 (月)

金環日食

どうも。
人生最後の金環日食を撮影した男・にゃんたろうです。

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と、いうことで。

カメラ電池切れです(笑)。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

<追記>

ちなみに撮影用のカメラはコンパクトデジタルカメラ。

絶好の曇天だったため、日食用サングラス無しでこの写真が撮れました。

一緒に車庫にいた仲間たちも、サングラス無しの肉眼で金環のピーク時を見ることができました。

2012年5月18日 (金)

千住真理子さん「堕ちるだけ堕ちてごらん」

どうも。
心がザワザワしている男・にゃん太郎です。

さて。
今朝の産経新聞、バイオリニストの千住真理子さんの「音に命あり」というコラム。

「堕ちるだけ堕ちてごらん」が、なんとも…。

本当は全文をここに掲載したいのですが著作権の問題があるのではないかと思うので
こちらにリンクを貼っておきますのでお時間のある方は読んでみて下さい。
(数日で読めなくなってしまうと思いますが)

理由は自分でも良くわかりません。

ただ。
今までこんなに心揺さぶられたコラムは無く、読んでいて泣きそうになってしまいました。

ありきたりの言葉ですが。

栄光と挫折。

「やりたいこと」が「やらなければいけないこと」になってしまう苦悩。

堕ちたからこそ見える光。

自分が生かされている意味。

そして、生きていく強さ。

…。

前を向いて生きて行きたいですね。

2012年5月17日 (木)

息抜き

どうも。
最近は内勤か助手席か休みかで勤労意欲ゼロの男・にゃん太郎です。

そんな生ける屍状態にもかかわらず、ここ数回の更新はワタシのブログらしからぬ
重い内容の記事となっていましたので、今日はチョット息抜きで久々の写真館。

ではまず。

Img_0007  

 

 

 
5月5日に玄関から見えた東京スカイツリー。

 

 

 

 

 
思い切り寄って撮っているので画像が粗くなってしまっていますが、空気がキレイな
冬の朝などはもっとクッキリと見えます。

続いて「玄関から繋がり」で

Img_0026  

 

 
5月12日の19時半頃の東京タワー。

 

 

 

Img_0028  

 

 
久々に三脚を使用して撮影しました。

 

 

 

Img_0033  

 
格闘している間に色が変わり、

 

青になったらピントが合いづらくなってしまいました。

  


上空に寒気が入った同12日の夕方

Img_0015_2  

 

 
良い雲が出ました。

 

 

 

Img_0009  

 

 
音も無くモクモクと育つ姿は神秘的でした。

 

 

 


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ローリーの上によじ登って。

 

 
  

     
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乗っかりたいですね。

 

 

 

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こちら、今朝の夜明け。

 
キレイな巻雲(けんうん)。

 

 

そしておまけ。

Img_0041  

 
尻尾が伸びてカナリアらしくなった

 
会社の赤カナリア「カナリー」君。

 

 

 
    

Img_0040  

 

 

 
ちょっぴりセクシーなポーズや

 

 

 

 

Img_0043  

 

 

 
すまし顔も覚えました。 

 

 

 

 

以上、おしまいでーす。

2012年5月 9日 (水)

今回は一般で

どうも。
仕事という現実に戻りたくない男・にゃん太郎です。

さて。
前回の更新がボランティアのことでしたが、今回もまたそうなってしまいます。

ただし今日の内容は先月のものではなく、昨日行ってきたものです。

前回はバスツアーで仙台市若林区でお手伝いをさせていただいたワタシ。

今回はマイカーで単独行。

昨日2時に出発し、作業後に仙台駅前で一泊。
そして今朝8時前に帰宅しました。

昨日は2時に家を出て、途中で食事休憩などを経て7時半くらいに現地ボランティアセンターの
ReRootsさんに到着。

とはいえ受付は8時半からなので、先に荒浜海岸の慰霊塔にお参りに行って来ました。

持参したお線香で手を合わせ

今日はこの辺りのお手伝いをさせていただきに来ました。

その前に、少しこの辺りの写真を撮らせて下さい…。

などと犠牲者の方々に承諾を得(たと勝手に決めつけ)てから撮影に臨んだのは、
亡くなった方々の数(あの日200~300のご遺体が打ち上げられたとのこと)を考えると
前回はとても撮影する気になれなかったという過去があるから。

今回も躊躇する気持ちもあったのですが、大きかった荒浜の被害の爪痕が一番残っている
(残ってしまっている)この辺りの景色を数人にでも良いのでこのブログを通して
見て頂ければと思い撮影してきました。

もっとも、写真では現場の雰囲気はほとんど伝わりませんが…。

では。

Img_0006  

 

 

 
こちら、慰霊塔の入り口。

 
 

 

 

 

駐車できる場所(駐車場ではない)に車を停め

 
運転席右窓からの景色。

 
Img_0001  

 

 

慰霊塔脇には建物の土台が。

 
 

 

 

 

その向こうの小高い土手のような物の向こうは海。

 
Img_0008  

 
 
 
 

 

 

写真奥の建物は荒浜小学校。

 

 

 
 
 

 

写真右手が慰霊塔の入り口で小学校までは400mほどありますが、そこに建物は
一つも無いことがわかりますでしょうか?

残っているのは無数の土台だけです。

 

Img_0010  

 

 

入り口脇に残る鳥居。

 

 

 

 
 

建物があったのか、チョットした神様が祀られていたのか?

鳥居の向こう側が海。

Img_0012  

 

 
 

その裏側(海側)に残る傷跡が…。 

 

 

 

 

 Img_0015  

 
 

居住禁止地域となっている住宅街に

 
点在する黄色いハンカチ。

 

 

 

 

Img_0017  

 

 
 

 

そこには住んでいた方々の

 

 

 

 

Img_0018  

 

 
 

 

葛藤と想いが。

 

 

 

 

Img_0020  

 

 
 

 

いまなお大きな物が残っているこの場所に

 

 

 

いつの日か。

そして一日でも早く

Img_0019 

 

 
 

 

人の笑い声が戻りますように…。

 

 

 

そんな思いを置いて

Img_0021  

 

 
 

 

いざ、ReRootsさんの事務所へ。

 

 

 

昨日の参加は14人。

平日ということもありほとんどが地元の方々で、よそ者は金沢からの推定学生さん、
品川区からの休憩中の学校の先生 、そして四街道からのトラック運転手。

少人数だったので大きな畑には手を付けることができないということで、作業は
地元で400年農家をされているというお宅の草むしり・畑のゴミや瓦礫拾いでした。
(そのReRootsさんの活動報告はこちら。写真の中のどこかにワタシが。ウォーリーを探せ!)

事務所から自転車で10分ほどの現場に行くと、そこは「お宅」というよりも「お屋敷」と
呼ぶべき広さ。

住まいは津波に流されず残ったそうなのですが、住むことができる状態ではなかったので
取り壊してしまったとのこと。
それでも蔵や倉庫は残っており、その損傷具合が津波威力を物語っていました。

で。
少し蒸し暑い感じでしたが絶好の曇り空と海風の下、近所でご神木とされているという
カヤの大樹に見守られつつ、食事休憩50分を挟んで9時半頃~14時半頃まで雑草や瓦礫と格闘。

終わってみれば、ご当家のご主人様もボランティアリーダーさんも、そして戦闘部隊の我々も納得の仕上がりとなリました。

最近は大きい(広い)現場が多いから、こうやって一日でキッチリ完了する仕事が
ほとんど無いんだよね。

いや、今日は気持ちが良いね~。

とは、責任者さんの弁でした。

さて。
先に少し書いたように、昨日のメンバーは地元の方々がほとんど。

さらにその方々は皆顔なじみ(ベテラン)で、ボランティアハウスの責任者の方とも
ツーカーの方々でした。

事務所に戻った後にその皆さんの会話をずっと聞かせていただいていたのですが、
一番印象的だったのが、ボランティア団体が集めた瓦礫の無料収集期間が終わっているということ。

実際には業者さんがまだ無償で回収してくれているそうなのですが、昨年度末で
その期間は終了しているのだそうです。

いずれ粗大ゴミ扱いで有償で処理するようになるでしょうね。

そうなったら本当に困る。

表面の瓦礫は無くなっても、掘ればどんどん出てくる事を行政はわかってないのかなぁ?

という趣旨のお話をされていました。

色々と思うところはありましたが、ワタシはよそ者ですし、考えても始まりません。

ワタシにできることは、体を使うこと。

いやー、実はですね。

前回は初めてということでなーんにもわからず、要領というかスタンスのようなもを
うまく取れない感じだったのですが、昨日はだいぶ違いました。

ま。
誤解を恐れずに一言で表すなら、楽しかったです。

前回と違って作業の進捗状況が目に見えてわかる現場だったこと、馴染みの方々の
会話に時折首を突っ込んで和気藹々の雰囲気で作業できたこと、そしてある意味で
無責任な立場で作業に没頭すれば良かったこと。

色々な要素があったとは思うのですが、

ああ、楽しかった。

来月も絶対に来よう。

と思えたことは、充実した時間を過ごせた証拠だろうと思います。

ご縁があって昨日お世話になった皆さん

               本当にありがとうございました!

そんなこんなで案外早く作業が終了しまして、宿泊先の仙台駅前のホテルにワタシが
到着したのは16時過ぎ。

まずはシャワーを浴びまして、その後は食事のために17時前から街に繰り出しました。

仙台といえば、やはり牛タン。

というわけで街を徘徊し、最終的にワタシが辿り着いたのは駅ビル地下にあるお店。

気分良く作業を終えてテンションの高かったワタシは、知り合いも絶対に居ないという
誰に気兼ねすることもない絶好の環境の中、まずは焼き笹かまと生ビールを注文。

どちらも大変美味しゅうございまして、ビールが進む進む。

が、しかし。

二杯目を頼んだ時点で「このままでは金銭的に大変なことになってしまう」と思い、
早めに切り上げようと頼んだご飯物が…

Image

 

 

こちら!

 

 

 

 
 

牛タンづくしご膳。

…。

に、に、2000円なり…。

…。

そんなわけで、会計は3950円となってしまいました…。

…。

いや、3950円の味はしましたから…!

…。

いや、したと思いますよ…。

…。

いや、しました、よね…?

…。

で、まあ。

ほろ酔いで店を出てもまだ明るい。

そりゃそうですよ、まだ18時過ぎですもの。

帰宅のために駅に向かうサラリーマンの波を掻き分けながらホテルに戻りテレビをつけると、
ちょうどNHKの「各地のニュース」の中で仙台市の瓦礫処理問題をやっていました。

これ、コンビニで買った缶チューハイを飲みながらちょっと驚いたのですがね。

その内容を羅列しますと。

昨年3月末(おそらく昨年度分)までに仙台市が行った土木建築関係の公共事業の
入札のうち、約23%は入札が無い。

<原因>

①瓦礫収集などの給料が良い仕事に人が流れることによる人手不足

②現場作業員の単価アップによる人件費の増大

③資材の高騰(市が希望する額では採算が取れない)

また、建築関係の仕事の人のインタビューでは

海岸や護岸の工事は特殊な技術が必要。

ビルなどの建築物に比べると通常は工事が少ないために、その技術者も数が少ない。

急にたくさんの工事を依頼されても、専門家が少ないのでとても対応できない。

と。

関東にいるとなかなかここまではわかりませんよね…。

こんなニュースを見ながら、普段からテレビを見るという習慣が無いワタシは
19時くらいにベッドに潜り込みました。

潜る前に窓の外を見ると、あいかわらずまだ明るい。

12階から下を見ると、サラリーマンがたくさん歩いていました。

この時間に寝てしまえば、今朝2時前にホテルを出発したのは苦も無いこと。

深夜から早朝のドライブを終え、帰宅したのは8時前でした。

結局、往復共に2時~8時頃までのドライブでしたが。

いや~、この時間のドライブは最高。

漆黒の闇を切り裂くヘッドライトの灯り。

黒から藍に変わる黎明の空。

昇る太陽。

動き出す街。

この一連の流れを感じると、変に思われるかもしれませんが「生きてる」って感じがします。

仕事でしょっちゅう体感するのですが、自分の車に乗ってやりたいことをやりに行く、
やりたいことをやり遂げて帰ってくる時の充実感があると、その高揚感は
比べ物になりませんね。

そんなわけで。

仕事が暇な10月までは毎月一回、仙台に行きます!

もう来月の予定も入れちゃいました。

勤務予定を組む先輩には

あんまり休むと給料減るよ

という精一杯の皮肉を言われましたが(連休を取ると他の人の予定を組みづらいので)、
ゴメンナサイ。

ワタシは行きます、10月まで。

ご迷惑をかける同僚の皆様、お許し下さい。

ワタシはこの後の五ヶ月

Img_0024  

 

 

 

に、なります(笑)。

 

 

 

 

 
 
 

あ、表は

Img_0023  

 

 

 
 

 

木の妖精「リル男」君ね。

 

 

 

 
    

 

ということで。

次回は6月7日早朝に出発予定です!

あ~、楽しみ~。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今回ベテランボランティアさんの何人かから

何日か滞在するんですか?

と訊かれました。

ゴメンナサイ。

今日一日で許して下さい(笑)。

と答えましたが、会話の内容から、個人参加の人は滞在型で続けて参加する方が多い模様。

考えてみればそうですよね。

交通費かけて行ったら、一日じゃもったいない。

できることならワタシも一週間くらい居たいです。

でも、それは無理。

ちなみに金沢から来ていた推定学生さんは、一週間かけて東北の被災地をボランティア作業を
しながら巡ると言っていました。

一般の社会人にはできないことで、うらやましいです。

ま、それは言っても始まりませんからね。

ワタシはできることをできる範囲でやります!

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「ボランティア」って、なんか大げさな感じで好きじゃありません。

個人的には「復興のお手伝いをさせて頂く」と考えています。

そんなカテゴリーを作りました。

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