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2012年9月

2012年9月30日 (日)

いつまでも

どうも。
明日から8連勤務の男・にゃん太郎です。

8連勤務明けの休みは仙台・ReRootsさんなので、それを楽しみに頑張ります!

さて。
今日は午後から「NHK全国学校音楽コンクール(通称Nコン)」の関東甲信越ブロックの
放送を見ました。

「およげ!たいやきくん」の後、合唱曲を聴いて幼少期を過ごしたワタシ。

小学校低学年からNコンの放送は見ておりまして、しばらくは見ない時期もあったものの
年齢を重ねるにつれてその見方が変わってきました。

幼少期は憧れ、小・中学校は曲の勉強、高校・大学時代は演奏レベルの勉強。

社会に出てからはご無沙汰していましたが、今の仕事に就いてからたまたまタイミング良く
見る機会に恵まれまして、今では演奏内容に加えて、若者が頑張る姿にエールを
送る気持ちが強くなっています。

そんな「親目線」となった傍らで、若人が奏でるハーモニーに胸を熱くし、聞くごとに「あの頃の自分」に
戻ることも、また事実。

それとは直接関係はありませんが。

先日、ある友人から

君はいつまで経っても思春期だな

と、半ば笑われるメールをもらいました。

ま。

悪く言えば「成長しないな」ということですね。

10年前のワタシならこの言葉にカチンときたところでしょうが。

今は

どうせだから、いつまでも「成長しない」で「思春期」でいてやろう

と思います。

これはあくまでも自論ですが。

「思春期」でいるのは、やはり子供がおらず、結婚も経験せず、家庭を持っていないからだと思うのです(経験値不足の言い訳かもしれません)。

以前はそれを負い目に思っていましたが、それならそれで、そういうオジサン(オバサン)しか
できない生き方もあるわけで、それはある意味で一つの「特権」であると今は思うのです。

なので、これからワタシはその「特権」を活かしたうえで、オッサンの一員、
大人の一員として生きていきます。

と、ゆーことで。

「思春期」真っ只中のオッサンがキューーーーンとした、映像を。

2009年のNコン中学校の部の課題曲「YELL」と「秒速5センチメートル」のコラボレーション。

演奏は全国大会で金賞を取った「郡山第二中学校」。

中学生のレベルを逸脱した演奏と、思春期の揺れる思いを美しく描いている映像の
競演が実に切ないです。

笑われても、こんな気持ちを抱いて、ずっと生きて行きたい。

2012年9月24日 (月)

それでも未来へ風は吹いている

どうも。
ここ数日、左目に異物感がある男・にゃん太郎です。

さて。
ワタシが仙台で復興のお手伝いをさせて頂くようになり、はや半年。

来月もまたお伺いさせて頂く予定でおりますが、今日はその「原点」とも言える映像を
ようやく探し出すことができたので、皆さんにご覧頂きたくこの記事を書いております。

この映像。

ワタシが

自分ができる範囲で、行動に移さなくては…!!

と強く心を揺さぶられた映像。

大げさではなく、ワタシの人生に一つの節目を作った映像です。

まずは、曲を聞き、歌詞を読みながら、彼女たちの被災地訪問の様子をご覧下さい。

はい。

ご存知、いまや日本で知らない人はいないであろうAKB48の皆さん。

曲は「風は吹いている」です。

ワタシがたまたまこの映像をテレビで見たのは、おそらく去年の秋口ではないかと。

震災から半年が経ったものの、関東でも依然余震が。

しかし、そうは言っても生活は落ち着きを取り戻しつつある…。

そんな頃でした。

仕事を終えて帰宅し、何気なくスイッチを入れたテレビでこの映像が流れてきまして。

恥ずかしながら、映像終了後にテレビの前で独り号泣。

…。

なんですかね?

今になっても上手く表現できないのですが。

とにかく。

この歌詞、曲、被災地訪問の様子。

すべてが一体となった「この映像」から被災地からの声無き悲鳴が聞こえてきたような。

そんな感覚でした。

震災直後から生々しい津波の映像をイヤと言うほど目にしましたが、ある意味では
それらの映像から受けた衝撃よりも、この映像から受けた衝撃の方が大きかったです。
(いま見ても、なぜか涙が出ます)

オレにも。

オレにでもできることがあるはず…。

そう思ってから行動に移るまでに、さらに半年かかりましたが。

今は自分なりに。

これからも自分なりに。

月に一度「復興屋」の看板を背負って。

一歩一歩。

2012年9月23日 (日)

懐かしの音源

どうも。
夏の疲れがドッと出ている男・にゃん太郎です。

さて。
突然ですがね。

皆さん、「ミニディスク」またの呼び名を「MD」というものをまだお持ちでしょうか?

ワタシはいまだにたんまりと持っていまして、四年前に新車を買った際にも

MDが再生できない

という理由でインターナビではなく市販の安いCD・MDプレーヤーを取り付けました。

で、まあ。
今やデジタル文化の遺物になりつつある、そのMD。

ワタシは今の車に乗っているうちは聞くことが出来るわけですが、何年か先に車を
乗り換えるであろうことや、残りの自分の人生の長さを考えたりしてみると

これはなんとかしなければ、そのうち再生できなくなってしまう… ( ̄~ ̄;)

という危機感を漠然と持っておりました。

どうせたいした音源じゃないんでしょ?

とお思いになる方もいらっしゃるでしょうが、それがそうでもないのです。

そもそもワタシがMDで持っている音源は市販されていない音源やLPレコード時代の
音源が多く…。

自分が学生時代に所属していた合唱団の定期演奏会「白き花鳥図」「花に寄せて」
「モーツアルト・レクイエム」や、ジョイントを組んでいました大○女子、清○女子、都○大の
校歌。

さらにはすでに絶版となっているであろう「組曲・筑後川」のオーケストラ版、などなど。

そんなワタシにとっては宝物と言える音源。

なんとかせねばと思うだけで手をつけず、

ま、なんかわからんが、iPodとかに取り込めば良いんじゃないの?

会社の同僚、iPodの音源、トラックのラジオ通して聞いてるし。

などという、薄っぺらーーーーーい、漠然とした考えはあったものの、ネットでその方法を
検索すると思いのほか面倒臭そうなうえ、デジタル化の波にかろうじて乗っている程度の
ワタシの知識では何がなんだか…。

そんなワタシの前に、先日一人の救世主が現れまして。

と言っても、もう20年以上の付き合いになる人ですが(笑)。

音楽業界にいるこの神様に相談したところ

何枚あんの?

どうしてもってのは、15枚くらいかな?

というところから色々と細かく説明してくれたのですが…。

ワタシが内容をほぼ理解できないまま

とりあえず、USBに保存しておけば?

という結論を出してくれまして。

俺やってあげるから、MDとUSB送って。

ということに!

ワタシの理解が正しければ、彼の身の回りにはMD音源を直接USBに落とせる
機械がある…、ということのようなのです。

いや~。
よくわかりませんが、凄い機械があるものですねぇ。

そして持つべきものは、良き友ですなぁ。

うん。

ありがとう。

今度、赤門の焼肉をたんまりご馳走します。

で。
先ほど彼が作業してくれたUSBが返送されてきたのですがね。

はて?
コイツをPCに差すと、どんな風になってんのかな?

ということで確認したところ。

あーーーーーーーーら、ビックリた!!!

Media Player で聞けてしまうではあーーーーーーーーりませんか!!!!

すごい!すごすぎる!!!!

で、なんですか?

ひょっとしてこれを、iPodに取り込むことも出来てしまうワケですか???

あ。
iPod持ってないですけどね、ワタシ。

いや~、しかし。

なんと言いますか、凄い時代ですなあ。

恥ずかしながら、かなりのカルチャーショックです。

せっかくなのでこれを機会に買おうかな、iPod。

そんなわけで、先ほどまで定演の「モツレク」を聞きながらこの記事を書いていたのですが。
(ちなみ今は「花鳥図」の「鮎鷹」。みんな必死(笑))

かなりひどい部分もありますが、総合的には悪くない演奏だと思います。

ただし。
「Dies irae」が早過ぎます、先生(笑)!!!

そんな中、一番良かったのはアンコールの「さよなら」。

良い曲ですよね~。

みんな伸び伸び歌ってるし。

最後にアナウンスが入るのはベタな感じですが、やっぱりこれはアリだと思います。

また、アナウンスをやってくれた彼女の声が優しくて素晴らしいです。

…。

え~。

話があっちこっちに行きましたが。

OB総会が終わって学生気分が抜けたところでしたが、チョットまたあの頃へ思いを馳せてしまいましました。

充実した、良い時代でした。

そして、尊敬できる素晴らしい仲間達と出会えた貴重な空間と時間でした。

全ての人達に、ありがとう。

…。

あ。

白鷺。

ジュ○ア、ソロ頑張れ(笑)!

2012年9月12日 (水)

写真が語るもの

どうも。
今日は午後から危険物保安講習を受講する男・にゃん太郎です。

3年に一度の受講。
ついこの前、富里に行って受講した気がするんだがなあ。

3年なんぞ、アッと言うまですな。

さて。

今日はまた、復興支援がらみのお話。

あー!

このあと写真を貼るので、せめてその写真だけでも見て下さいっっっ!!!

はい。

では参ります。

まずは前回支援作業に行った際にワタシが書いた記事の一節を、ココに書き出します。。

ReRootsさんのハウスから仙台東部道路に向って走って行くと、やがて右手に田園風景が広がります。
(この東部道路が津波を堰き止め、道路を挟んで海側は津波で壊滅、逆側は被害が小さかった)

そして東部道路の側道を走る間、延々と緑の田んぼの脇を走って行くのですが、
その間ズーーーっと稲の良い香りがしていたんですね。

まあ大げさに言うと「これぞ日本の田園風景」のような感じです。

しかし。

井土に向かうために「命を分けた」東部道路をくぐると、景色は急変。

まずは田んぼの「緑色」が土の「茶色」に変わり、側溝のフタはあったりなかったりになり、
荒地の雑草を退治するために何台もブルドーザーが動き、それが土煙を上げる…。

車でスーッと走り去ると見落としてしまいがちなその現実に、戦慄が走りました。

この一節。

どうやって書いたらあの衝撃が皆さんに伝わるのか?

と非常に悩んで書きまして、結局は自分の表現力不足を情けなく思う結末になったのですが、
昨日の朝日新聞朝刊でまさにワタシが目の当たりにした場所の景色の写真が掲載されました。

その写真が

Img_0130  

 

 
 

 

こちら。

 

 

 

新聞に場所は書いてありませんが、こちら仙台南部道路と仙台東部道路の接続点・
仙台若林JCTです。

写真の真ん中を貫くのが東部道路で、上が北・下が南です。

「東部道路の側道を走る間、延々と緑の田んぼの脇を走って行くのですが」

は、この東部道路の緑色側を写真上から下に向かって走ってきて、

井土に向かうために「命を分けた」東部道路をくぐると、景色は急変。

で、茶色側へ移ったわけです。

ご覧頂いてお分かりになるように「命(津波)を分けた道路」に西側はキレイな田園風景で、
津波で壊滅的な打撃を受けた東側は対照的にほぼ「色」がありません。

この景色が仙台東部道路沿いの南北に果てしなく続いているのです。

ワタシは感覚的、体験的にこの状況をはわかっていたわけですが、こうして俯瞰写真で
見せられると改めて衝撃を覚えずにはいられません。

今年の夏休みに仙台に観光に訪れた方々のほとんどは、おそらく震災の影響など
微塵も感じることはなかったことと思います。

しかし現実には、仙台駅からバスでたかだか30分の場所はこういう状況です。
(正確にはこのJCTまでは30分では来ません。仙台駅から最寄の東部道路という広義です。)

観光に訪れた人達の中の仙台と、ワタシの中の仙台。

どちらも同じ仙台で、どちらも今の仙台です。

それを思うと、改めて復興対策の難しさを感じます。

とりあえず。
今の自分にできることは、茶色が緑色に変わるために微力を尽くすこと。

来年の今頃は、もっと緑色が増えているように頑張ります。

2012年9月 9日 (日)

OB総会カメラマン

どうも。
腕の皮の剥け方が中途半端でマダラ模様になってしまった男・にゃん太郎です。

さて。
昨日は年に一度の恒例行事、学生時代のサークルのOB会でした。

まず最初に。

今回撮影した写真は関係各位の皆様に限定公開されており、

基本的にワタシの代の学年幹事O氏と、今回の幹事期だったMちゃんが管理してくれています。

写真をご覧になりたい方はお手数ですがこの記事のコメント欄に…。

①「名前」欄にご自分のお名前(ワタシが誰だか判断できる名前・あだ名・暗号等で可)

②「メールアドレス」欄にアドレス(ウェブ上では公開されませんのでご安心を)

③「内容」欄に「写真宜しく」

などと書いて、送信ボタンを押して下さい。

折り返しワタシからウェブアルバムのアドレス(?)を送信させて頂きます。

ご面倒ですが、ご理解とご協力をよろしくお願いします。

では、以下。

ご興味のある方は、本文にもお付き合いを。

ご存知の方も多いように、OB会と言えばワタシにとってはある意味で鬼門。

振り返ると…。

四年前。
出席のために仕事の休みを取るも、日付を間違えており欠席。

三年前。
前年の轍を踏まぬようビシッと休みを合わせて参加するも、テンション上がり過ぎで体調不良に。
結果、二次会の途中で屈辱の退散。

二年前。
幹事期でカメラマンになるも、データー取り込み時にPCがフリーズしデーター全消失。

昨年。
後輩から事前にカメラマンを頼まれるも冗談だと思っており、乾杯のシーンを取り損ねる。

という流れだったわけです。

で、五年目の今年。

どういうワケか、こんなワタシがまたしてもカメラマンに任命されましてね。

昨日もそれなりに頑張ってきたというわけ。

カメラマンとしての過去二回、自分なりの最大の失敗は

幹事期だけの集合写真を撮らなかったこと。

まずは今年はこの雪辱を果たさねば ( ̄^ ̄)うむ

と意気込んで、幹事期の集合時間と聞いていた9時20分直前に会場入り。

エレベーターを降りると、あまりにも早く登場したワタシにビックリする幹事期の皆様が。
(集合写真の話や早く行くことを連絡していなかった)

イスに座っていたのにわざわざ立ち上がって挨拶してくれる二期下の彼ら。

改めて「良い意味で上下関係がしっかりした団体だったんだなあ」と関心。
(一部、ワタシのような例外もいますが)

が、そんな彼らを見てワタシもビックリ。

あら、三人だけ?

情報筋から9時20分と聞いたんだが…。

ま、良いんです。

どうせ家に居たってやることないですし、朝早いのは全然苦じゃないんで。

とりあえず、できれば幹事期だけの集合写真を撮りたい旨を彼らに伝え、
やることも無いので会場内をウロウロとしているうちに三々五々、面々が集合。

加えて幹事期の一学年下に当たる手伝いの面々もやって来たよう…。

あえて「よう」という表現を使うのにはワケがありまして。

自分が四年だった時の二年生と一年生って、社会に出てからは区別が付かなく
なっちゃてるんですよね。

現役時代はなんとか区別がついていたんですが、たぶんもう、一生無理。
いまさら答え合わせをしても、覚えられる自信がありません(笑)。

で。
そんな彼らはやって来た順に随時自分の仕事に入っていきまして、どうも集合写真は
撮そうにない雰囲気。

止む無しだなあ、みんな忙しそうだし。 o( _ _ )o ショボーン

などと思いつつ、先輩風を吹かせて手伝いもせずにボケーっとしていると。

逆に幹事期のまとめ役が気を使ってくれて、なんとか集合写真を撮る事ができました。

幹事期の皆さん、ご協力ありがとうございました!

とゆーことで、個人的にはこの時点で大仕事を一つ終えた気分でした。

言うまでも無いかもしれませんがね。
卒団後に同期のメンバーがこれだけの数集まるというのは、後にも先にも総会の
幹事期の時くらいしかないんですよ。

ですからね。

口では色々文句を言ったりしましたが、昨日はその手伝いをさせてもらえたことを
嬉しく思いましたし、無事にそれを努めることができて安心しました。

まあ、そうは言っても一般論としてはこの後の総会や懇親会が「本番」ですし、
もう一つの重大任務である懇親会の集合写真撮影もあるわけで。

そちらもソコソコ頑張りました。

昨年も一昨年も懇親会の写真をどう撮っていいのか分からず、結果的に何を撮りたいのか
わからない写真ばかりになってしまっていました。

なんでかね???( ̄~ ̄;)ウーン・・・

と自分なりに考えた結果

背伸びをして「良い写真」を撮ろうと思わず「記録としての写真」を撮ればいい

という一つの結論を出しまして、今年はソコを目指すことにしました。

具体的には。

参加者が一通り飲み食いを終えて動き出してしまうと、誰を撮って誰を撮っていないか
わからなくなるので、乾杯直後から各テーブルを回りその周辺にいる人に集まって
もらい写真を撮る

という作戦を決行。

これに加えて歌っている際の写真を撮ることで、おそらくはほとんどの方を
カバーできたのではないか…と。

そして手前味噌ではありますが、内容としても前二回の写真よりはなんとなく良いのでは
ないかと思っています。(あ、前々回の写真は誰も見ていないのか…)

その後は冒頭に写真を公開したように、二次会にも参加しまして。

先の二回は飲むのに必死になり一枚も写真撮らなかったという反省を踏まえ、
今回はきっちり撮影を。

大先輩と同期の「勇姿」を撮れたのは収穫でした(笑)。

そして。
ワタシに近い人達の間では伝説となりつつある「データー消失」。

今回は二次会終了時にその場で幹事期の女子にSDカードを渡すという対策を。

もう俺の責任じゃないもんね~

という無責任で卑怯な作戦に協力してくれたMちゃんには感謝しています。

ありがとうございます!

こうして今年のワタシの総会は無事終了。

参加5年目にして、初めての完遂となったわけですが…。

最後に、今こうしてこの記事を書いていて初めて感じたことがあるので記します。

それは「写真を撮って記録を残す=役に立つ」という単純な図式に加えて、
「幹事期の皆さんが頑張っている時間」の中で必要な存在として扱ってもらえることの
有り難さと喜び。

実は昨日、来年の総会の幹事期になる後輩に

来年カメラマンを

と頼まれたのですが、丁重にお断りしました。

しかし、この記事を書いていて

今年程度の写真で納得してくれるならやっても良いな

と思いました。

冗談半分で

懇親会費払って仕事して、さらに実質飲み食いできないなんて…

と情けないないことを言った自分が、いま恥ずかしいです。

と、いうことで。

次回幹事期の人達がこの記事を読んでくれているとは思えませんが。

来年カメラ、やっても良いですよ。

もちろん会費、全額支払いで。

来年の幹事期と仲の良い方でこの記事を読まれた方は、是非そうお伝え下さい。

2012年9月 1日 (土)

一期一会

どうも。
腕の皮が剥けてきそうな気配の男・にゃん太郎です。

さて。
今日は先日仙台に行った際に宿泊した「ゲストハウス梅鉢さん」でのお話を。

ワタシが宿泊したのは27日の夜。

この日の朝ワタシがReRootsさんのテントで休んでいると、携帯電話にメールの着信が。

開いてみると、梅鉢さんの「つぶやき」が転送されてきたものでした。

今日はスタッフT井のお別れパーティー☆

是非みんな来てね(^O^)/

とのこと。

このT氏はもともと7月・8月の二ヶ月限定のスタッフさんでして、その彼の送別会が
たまたまワタシが宿泊する晩に開かれることになったワケです。

ははぁ、これは楽しみなコトになったぞ。

さぞや盛り上がるだろうなぁ。(*^m^*) ムフッ

自然、朝からテンションが上がったわけですが、その反面で一抹の不安がよぎったことも
事実でした。

というのも、この頃のワタシは連日寝不足気味でして、前日も5時間弱の睡眠はとったものの
眠りが浅く何度も目が覚めてしまい、感覚的にはほとんど寝ていないような状態でした。

そこに加えて、これから始る炎天下での作業。

果たして夜もつかな?オレ。( ̄~ ̄;)ウーン・・・

そんなことを考えているうちに作業が始りまして、その間は夜のことなど気にもせず
集中して瓦礫を拾っておりました。

で、ReRootsさんを後にしたのが15時過ぎ。

一緒に作業をした方を仙台駅までお送りして、16時頃に梅鉢さんに到着したのですが。

にゃん太郎・42歳、この時点で疲労困憊。 (;-_-) =3 フゥ

車から降りてフラフラしながら梅鉢さんの入口をくぐると… へろへろ~(((;@_@)ノ

お帰りなさーーーい!! ( ^-^)ノ∠※PON!。.:*:・'°☆。.:*:

オーナーさん、おかみさん、T井さん。

満面の笑みで、迎えて頂きました。(注:クラッカーは鳴らされていません)

特にT井さんの

おー!
にゃん太郎さんじゃないですかーーーっ!! (≧∇≦)

というハイテンションな歓迎ぶりはとても嬉しいものでした。

思い起こせば前回ワタシが宿泊したのは7月2日・3日で、彼はまだ梅鉢さんに
来たばかりでした。

そして今回は彼が去る直前。

縁があるような、無いような、不思議な関係ではありますが、初めて泊まった晩に
二人でした恋愛談義は生涯忘れないでしょう。

そんなわけで皆さんの笑顔に疲れを癒され、シャワーを浴びてスッキリ、17時解禁の
ビールで気分が高揚。

お?
これ、今夜けっこうイケるんでないの??

と好感触を掴みつつ、T井氏が味付けした後にオーナーさんが手直しをした
美味しいメンマを頂きながら調子に乗って二杯目のビールを飲み始めたところ…。

い、いかん…。

猛烈な睡魔が。 ( _ _ ).。oOグゥー・・・

いくらなんでも送別会開始の乾杯前にダウンするわけにはいきません。

体勢を立て直すために慌ててオーナーさんに水を頂いたものの、夕食のハヤシライスを
出していただいた時には意識朦朧。

そんなワタシを気遣って下さったオーナーさんとおかみさんが、送別会一度目の
乾杯をして下さったのは19時頃だったのでしょうか(この頃はまだほとんど人が集まっていなかった)?

酒の力というのは恐ろしいもので、この乾杯でワタシは少し息を吹き返しまして。

ここから楽しい時間が始ったワケです。

何が楽しかったのかと尋ねられると具体的に答えられないのですがね。

とにかく。
この日一緒に時間を過ごした方々は、スタッフのお三方以外ワタシは初対面。

当然ワタシはどの方が宿泊客でどの方が駆けつけた方なのか、まるで分からない状況です。

更に言えば、どの人達同士が知り合いで、どの人達は初対面同士なのかも
まったく分からない状況。

これを状況を裏返すと。

みーーーーーーーーーーんなが以前からの知り合いのように、分け隔てなく和気藹々と
存分に楽しんでいるわけです。

で。
そんな楽しそーーーーーな様子はこちらで見られますので、皆さん存分にご覧下さい(笑)。

特におかみさんをはじめとする浴衣三人娘は必見です!
(それに比べて…。何年ぶりかで証明写真以外の写真に納まりましたが、
                       恐ろしいまでの自分のオジサンぶりに嫌気が…。)

どうです?

楽しそうでしょう??

そんな中、途中で隣りに座っていたナースの卵さんに

ワタシ) 梅鉢さんは初めてですか?

 卵 ) はい、ゲストハウスそのものが初めてでして。

ワ) あら。
   で、いきなりこれじゃぁ驚いたでしょう??

卵) 入ってきた時、居酒屋に来ちゃったのかと…。

ワ) びゃははは (≧ω≦)b

その彼女もオーナーさんが作ったカクテルを片手に、けっこう楽しんでいる様子でした。

ワタシはといえば。

酔い云々というよりも、時間の経過と共に疲労が色濃く出てきまして。

楽しいし、T井氏ともお別れだから、今夜は飲んで明日はゆっくり出ても良いかな。

と思っていたものの、肉体的にもう限界。

21時過ぎにはヒッソリと無念の退却をし、横になった記憶が無いくらいアッという間に堕ちました。

先にリンクを貼った写真を見る限り、あの後相当盛り上がっているものと思われるのですが、
その隣りの部屋で寝いてたにもかかわらずワタシはなーーーーーんも知らずに熟睡。

で。
その後、初めて目が覚めたのは2時過ぎ。

習慣というのは恐ろしいですね。

ほぼ、いつも起きている時間ですもの。

さすがに残ってるかな?酒。

と思いながら体と会話してみたとこ、ワタシにしては飲酒量を相当セーブしていたことが
功を奏したようで大丈夫そうな雰囲気。

むしろ効いていたのは疲れの方で

もう一度寝て、ゆっくり帰ろうかな…。

とも思ったのですが、4時までにETCゲートを通れば高速道路は半額。

8000円が4000円になるのはやはり大きいので、2時40分に帰路に着いたのでした。

いや~、今回も楽しかった~。

前回はスタッフの皆さんの温かさに触れた楽しさでしたが、今回は一期一会の
楽しさといった感じでしたね。

ただこう、なんというか、今回の場合はいわゆる「飲み会」になったため

ワタシの特異な行動パターンのせいでスタッフの皆さんをはじめあの場にいた
すべての方々に色々と気を使わせてしまったかな

という自意識過剰(?)な反省があります。

ま。
そんな反省はすっかり忘れて、またお邪魔することでしょうが(笑)。

いつの日か、ああいう流れのままカラオケに混ぜて頂きたいなぁ。

最後になってしまいましたが。

T井さん。
わずか2回・三日間のお付き合いでしたが、心温まるもてなしをありがとうございました!

あなたの笑顔はとても素敵です。

これからも笑顔と明るさを忘れずに頑張って下さい。

T井さんの未来が輝かしいものであることを、千葉の片隅からオジサンは祈っています。

そして大至急、彼女が出来ますように(笑)!

ということで、相変わらず取り留めの無い内容になりましたが。

要はとっても楽しかったってことです。

そしてオーナーさん、おかみさん、T井さん。
梅鉢さんに集う皆さんのことが、ワタシは大好きだってことですね!

必ずまた行きます!

関係者の皆さん、その節はまた宜しく願いしま~す! o(^-^)o

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

本文には関係ありませんが。

Img_0006  

 

 
 
 

 

昨日19時過ぎのブルームーン

 

 

 
 

Img_0010  

 

 
 

 

日付変わって3時前のブルームーン。

 

 

 

微妙に違うのが分かりますかね?

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