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2013年7月 7日 (日)

変わったこと変わらないこと

どうも。
最近まったく熟睡できず困っている男・にゃん太郎です。

これはなに、歳のせい?

いやいや、暑さのせい?

さてさて、まだまだ続く仙台シリーズ。

今日はどの話にしようかと考えましたが、流れとしてはやはりお手伝いをしている中で
変わってきたこと変わらないことのお話をしておくのが自然かと。

ということで、今日はそんな内容にお付き合い下さい。

まず初めに。
何度か書いていますが、ワタシが初めて「被災地」に行ったのはボランティアバスツアーでした。

当時のワタシは

震災の爪痕が残っているうちに被災地の景色を見てみたい

という不謹慎な野次馬根性と

できることを何かやりたいけど、何をやっていいのかわからない

というモヤモヤした気持ちの二つを抱いていました。

どちらを解決するにもとにかく行動を起こさなければいけないわけですが、
行動に移そうと思ってもどこに行ったら良いのかわからないという状況。

そんな中、ワタシにとっての好条件が揃ってツアーに参加できることになりました。

当日バスに乗り込むまで行先は未定。

乗ってから聞いた行先の「仙台市若林区」という地名も初めて耳にするもので、
仙台市が宮城県にあるのはわかっていましたが、自分がこれから日本地図の
どの辺りに向かうのかは正直言ってイメージできませんでした。
(震災発生当初報道はされていたでしょうが記憶にはなかった)

そんな状態で行ったわけですから、いま思えば我ながら本当に無責任というか能天気というか。

しかし。
そんなオメデタかったあの日のワタシも、荒浜交差点付近の惨状を目にし、
作業現場に転がる無数の小石を拾った後には

俺にももう少し何かできることがあるんじゃないか

という思いを抱きました。

そしてこの日、慰霊塔へ案内してくれたReRootsさんのメンバーから

初めて自分が被災地での作業に参加のは「被災地を見てみたい」という気持ちからだった

という話を聞き、後ろめたさと共に抱えていた色々な気持ちが軽くなったのでした。

そして、「何かできること」の答えを探すために一人で作業に参加した昨年5月。

「自分なりに役に立てる」という確信を持つことができたことで「なんとかしなきゃ」という
使命感に似た感情が湧きました。

しかし。
仙台行きを重ねるうちに

俺がやらなきゃ

という気分だったワタシの心に変化が。

初めは使命感を抱いて仙台に通いだしたわけですが、やがてそれは薄れ、
活動を通して尊敬できる人達に触れ合える喜びを覚えるようになり、
顔馴染みの方もできて自分なりの居場所ができ…。。

簡単に言えば「行かなきゃ」が「行きたい」に変わってきたのです。

そしていま

なんでそこまでして通ってるの?

と訊かれたら、迷わずこう答えます。

あそこで出会える人と、あの土地が好きだから。

だから最近のワタシは「復興のお手伝いに行く」という感覚はほぼゼロ。
(もちろん「休み取ってなにしてるの?」と訊かれればわかりやすく「仙台で復興のお手伝い」と答えますが)

きっと、気持ちの上ではこれがゴールなんだろうと思います。

このゴールに導いてくれた、仙台で出会ったすべての方々に本当に感謝しています。

あれ?

仙台に行くこともこの記事も終わりになってしまいそうな雰囲気になってしまいしました?

いやいや、もう少し。

ワタシの気持ちが変わってきたように、この一年間で景色もいくらか変わりました。

当初海岸沿いにあった巨大な流木や大破した車の山はなくなりましたし、荒浜小学校の
体育館をはじめとした半壊の状態で立ってる建物もかなり無くなりました。

昨年の今頃は広漠たる真茶色な世界だった仙台東部道路の東側も、今年はかなり緑色に。

そして西側には被災者住宅として10階前後の建物を建設中。

一方で、震災で発生したガレキの中間処理場ができて整えられたガレキの山が
できたりもしています。

景観を見ている限りでは少しづつ前進しているようにも感じるのですが…。

確かに見た目はきれいになりました。

しかし一度作業現場に入ると土の中からたくさんのガレキが出てくるという現実もあります。

最近では営農を再開された農家さんの農作業のお手伝いもグッと増えてきましたが、
肝心の農地が使えずに生活再建の見通しがつかない農家さんもまだまだたくさんいることを
忘れてはなりません。

復興とは何かを考えた時、ワタシは必ずしも「元の生活」に戻ることだとは思いません。

被災していないワタシがこんなことを言って良いのかわかりませんが、たとえば畑を
失った農家さんが農業をあきらめ、いわゆる就職をして生活を軌道に乗せる。

これも新しいスタートの一つで、復興の一つと言えるのではないかと思います。

そういう視点で捉えると、そいった再出発をする方々の手伝い(雇い入れるとか、仕事を教えるとか)も
一つの被災者支援の形でありると思います。

もちろん他にもたくさんの支援の仕方があるでしょう。

そんな中で、いまの自分にできることは何かを考えると。

やはり、ガレキを拾うことだと思うのです。

そして何より、広い空の下で土の上に立ってするこの作業がワタシは好き。

ワタシには、親から授かった健康で不自由の無い体が有ります。

この財産を活かさなければ。

もはや日常の出来事になりつつある仙台行き。

これからも大好きな土地で大好きな人達の中で、自分なりの活動を続けます。

ということで。
関係者の皆さん、これから出会う皆さん。

どうぞよろしくお願いします!

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コメント

ジョニーさん>
どうも!
コツコツやれば前に進む、そしてコツコツやる以外に手段がないという…。
靖国神社も結構ですが、被災地にも行ってもらいたいものです。センセイ方。

お疲れ様でした


辛い悲しい現状を
すこしだけ前向きなものに
お互いが、していこうというのは
気力が高まりますね
手伝われる沢山の方々に敬意を抱きます

なんやかんやいっても
そりゃー大変ですもんさ
暑いし寒いし
腰は痛いだろーし

でも楽しみをみつけ、喜びをみつけていく

読んでいてこちらも幸せになります

直接は行けない自分も、できるなにかから
始めたいものです

アレですねー
やはりコツコツやれば
前に進むものなんですね

ニャンさんの持たれた、今の明るい気持ちは、まさに「幸せの種」だろうと思います

沢山の人がそういった気持ちで
自分なりの、みつけていけたら


それをそれぞれに
まいていきましょう
日本に

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