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2013年10月 8日 (火)

分岐点

どうも。
公私ともに無気力モードの男・にゃん太郎です。

ま、「公」の部分はいつものことですが。

さて。
今日はそんな無気力状態の中、昨日またまた行って来ました仙台のお話。

昨日の朝の仙台は雨。

前日からの雨予報に、作業中止も覚悟の上で出発したワタシでしたが
雨天でもできる作業があったため、無事に活動してくることができました。

しかしながら。
ReRootsさんのブログやTwitterで「活動有り」連絡があったものの、昨日の参加者は
ワタシを含めてわずか6名。

さらに言うならば、ワタシ以外の5名は団体さんだったので、一般参加者はワタシだけでした。

平日の一般参加者は地元の常連さんがメインなのですが、ほとんどの場合は
「雨天決行」でも雨の日はお見えにならないそうです。

移動手段が自転車の方が多いこともあるのでしょうが、ワタシ自身が地元に
住んでいたと仮定して考えると納得できます。

そんなわけだったのでスタッフさん以外に顔見知りの方がいないという、ワタシとしては
少々寂しい活動になりました。
(前回が豪華メンバーだったので余計に寂しかった)

で、活動内容ですが。
わずかな人数ではありましたが、玄米の袋詰め作業とトマトの定植作業の二班に分かれまして。

ワタシは団体さんのお一人と共に「玄米班」となりました。

ワタシは前回も30kgの米袋と格闘。
その際は倉庫の中に積み上げたわけですが、昨日は積み上げるではなく30kgの
米袋を作る作業。

計量器にザーッと出て来てピッタリ30kgとなった玄米を、機械の口を開いて
これまたザーッと袋に入れて、最後は袋の口をするという単純な作業ではあるのですが。

やはり大変なのは、この完成品をパレット(フォークリフトで運ぶための板)の上に積み上げる作業。

Img_0303

 

 

 

 

 

 

 

(↑写真は前回のモノですが)

六段に積むうちの四段目以上はUFOキャッチャーのような機械で積むのですが、
三段目までは手積みなので…。

詰めては積み積んでは詰めの作業を繰り返し、二人で130くらいは作ったでしょうか?

ここで本日の玄米が無くなり、余った一時間ほどの時間で、日々大量に発生する
もみ殻の処分作業をお手伝い。

写真を撮り忘れたのが残念ですが、巨大なもみ殻の山のほんの一部を軽トラックの
荷台にてんこ盛りに積んで移動し、処分場所に廃棄。

こちらはたいした作業ではないのですが、細かなもみ殻の粉じんが目や耳や鼻はもちろん
洋服の中にまで入りまして、痛いやら痒いやら。

それでも、どちらもなかなかできない貴重な体験。

今回も非常に楽しく作業ができました。

さてさて、話は変わりますが。

前回も少し触れたように、ReRootsさんの活動は「復旧から復興へ」と移行してきました。

昨日も代表さんが仰っていましたが、年明けからは本格的に「農作業支援」へと
作業内容が変わるようです。

ReRootsさんがこういった分岐点に立ったことで、ワタシ自身もまた一つの分岐点に
立っているように感じています。

昨年四月から一年半、ほぼ月に一度仙台に通っていたワタシ。

顔見知りの方ができたり梅鉢さんで飲んだくれたりという楽しみができたこともありますが、
やはり「震災復興のお手伝い」をという思いを持って足を運んでいました。

農家さんの現状が震災前に戻らない限りそのお手伝いは一つの「震災復興」に当たると
思いますが、今までのガレキ撤去作業と違い、一見すれば「ただの農家さんの手伝い」。

無理をして連休を取って手伝いに行くことに、周りの理解が得られるのか?

という悩みが、正直あります。

ワタシの言う「周り」とは、ワタシの連休の煽りを食らう会社の仲間なわけですが…。

会社のメンバーでワタシが仙台に通っていることを知っている人はごく一部。

別に隠してきたつもりはありませんが、話す機会もありませんでしたし、
なにより声高にそれを叫んで連休を取るというのはなんだか「復興支援」を
「休みを取る免罪符」にしているような感じがして嫌だったからです。

いわゆるサラリーマンの仕事と違い、我々の仕事は誰かが休めば誰かが代わりに
出勤しなければなりません。

もちろんそれはお互い様なのですが、毎月のように連休を取るというのは会社の現状を
考えると非常識の部類であると思うのです。

故に実際のところ後ろめたいんですよね、自分自身が。

まあ、最後は自分がその後ろめたさに耐えられるかどうかなのでしょうが。

よーーーーーく考えたいと思います、己のことなので。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

荒涼とした景色の中に佇む荒浜小学校そばに、自生の花が咲いていました。

Img_0330

 

 

 

 

 

 


いつかまたこの地域に子供たちの声がこだますることを願います。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

被災直後は自宅の後片付け一つとっても何から手を付けて良いのかわからなかった。

やってもらいたいことをボランティアさんに伝えて、自分は茫然とその作業を
見つめていることしかできなかった。

                              (昨日お世話になった農家さんのお話)

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コメント

ジョニーさん>
おはようございます。
長らくの放置、申し訳ありませんでした(汗)。
東北沿岸で被災した農家・漁師の皆さんの中で、私が知り合った農家さんは復興の最先端にいるのではないかと思うのです。
生業を変えるという決断をできた方も少しずつ前に進んでいるのでしょうが、まだ途方に暮れたままの人達がいることも忘れないで頂きたいと願います…。


y25さん>
おはようございます!
ただいま台風で水○が出荷止め。車の中です。
おっしゃる通りかもしれませんね…。
しかしながら今月からまた私が勤務予定を作るようになったので、ますます話す機会がなくなったような…(汗)。

ご無沙汰しております、y25(になりました)です。
にゃん氏の復興のお手伝いもそろそろ満了ということでしょうか…
にゃん氏がボランティアのために休みを取っていたというのはみんなに言った方が良いと思います。事情を知らずに不満を募らせている人がいるよりも、事情を説明して理解を求める方が賢明と思います。
その上で今後も続けるかどうか判断するべきではないでしょうかね?

なるほど

復興から復旧へ

あれーいつのまにか、元に戻ってたねー
なんてものではなく
手伝う側は、その一段階において
自分の許される行動範囲や立場や周りへの配慮を考察しつつ復興、もしくは復旧の自分との係わり合いを変化させていかざるを得ない
うーんそうなりますよね

そしてそうやってきた沢山の見えない人の力によって
物事は一つ一つ分岐点という階段を登り、通常へ回帰していくんですね

あーなるほど

復興、復旧の努力はもちろんですが
そこには
肉体労働だけではない
心 も おいてあるわけで
少しずつの変化を見極めて自分の立ち位置も再確認したり

こういうのをまるまるひっくるめる
てことが
手伝うてこと
そのものなんだろうなと思ったりする

毎回、胸にしみるなあ

籾殻だらけになるてのも
そこにも、胸に
ぐっときたりしてね

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