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2014年4月15日 (火)

区切りの旅

どうも。
先ほど仙台から帰宅した男・にゃん太郎です。

はい。
今回も仙台ですが、復興の手伝いはしていません。

今までお世話になっていたReRootsさんは三月いっぱいでボランティアの受け入れを終了。

しかしそれが発表された際にはすでに昨日今日の休みを取っていたため、今までの総決算と
かねてから「荒浜の観音様にお参りしたい」と申しておりました父(に付随して母)を連れ
親孝行も兼ねて被災地を巡る旅に行って来ました。

ルートは…。

名取市閖上にある日和山→仙台市若林区深沼海岸の観音様→南三陸町防災対策庁舎周辺
→石巻市日和山公園。

です。

興味のある方はお付き合い下さい。

昨日は自宅を2時に出発し3時過ぎに我孫子の実家に到着、両親を乗せて現地へ。

あ。
一応言っておきますと、2時・3時は午前の2時・3時ですので。

で、閖上の日和山山頂に着いたのは8時半前でしたでしょうか?

ワタシが以前日和山へ行ったがいつなのかよく覚えていないのですが、
おそらくもう一年近く前だと思います。

そのころに比べると格段に整備されていまして

Img_0070_2

 

 

 

 

 

 

 

写真のような景色になっていました。

階段に手摺が付き、山頂には社が祀られ、写真には写っていませんが階段の上り口には
祀られている社ゆかりの神社の社務所がありお札やお守りなどが置かれていました。

しかしながら山頂からの景色はほとんど変わっておらず、再建されたと思われるような住居は無し。

当時の姿のまま残されている住宅が何軒かあり、まったく先が見えないという景色でした。
(あくまでも推測ですが、行政により居住や建築等の規制がかかっているのだと思います)

この後ワタシにとっては見慣れた景色である荒浜・深沼海岸へ。

父は念願の観音様とのご対面を果たし喜んでおりました。

ワタシはといえば、観音様を背にして見るこの慣れ親しんできた景色と当分はお別れとなるということに
寂しさを覚えつつ、その景色を心に刻むべくただひたすら広々とした空間を見つめてきました。

そしてここから、ワタシにとっての主目的であった南三陸町を訪問。

南三陸町…。

ピンとこない方は、骨組みだけが残った防災対策庁舎や最後まで避難を呼びかけた
女性職員の方の話、と言うとお分かりになる方もいらっしゃることと思います。

ワタシは海沿いを走る国道45号線を経由して町に入ったのですが、国道を走っていると
「過去の津波浸水区間」という標識が所々で目に入りました。

これはワタシのような一種の野次馬に「津波がここまで来た」と知らせるものではなく、
居住する方々が日頃からこの看板を意識し、津波警報が発令された際にはその区間外に
退避するための目印だそうです。

その看板をいくつか目にしながら走っていると右手に綺麗な三陸海岸の海が見えまして
津波により甚大な被害を受けた地域であることを一瞬忘れてしまったのですが、
眼の前が開けけた瞬間、言葉を失いました。

街だったと思われる平地。

一面茶色の景色の中には盛り土で作られた山がいくつかあり、唯一「違う色」に
見えるアスファルトの道路では土を積んだ何台ものダンプカーが濛々と砂煙をあげながら
走っていました。

そんな景色の中で唯一の大きな建物である「高野会館」(結婚式場らしい)が当時の姿のまま
存在感を示し、その先にポツンとあの防災対策庁舎が佇んでいる。

言葉にできない景色でした。

あれから三年経ったとは思えない景色に茫然をしながら防災対策庁舎に行き、
とにもかくにもお線香を。

その後、結構な時間をかけて建物を見たのですが…。

あの頃、この街が津波に飲まれている写真や映像はイヤというほどメディアに見せられました。

ですから知識としてだけでなく「現実」としてそれを知っているわけですが、
実際に三階建ての防災対策庁舎の前に立って見上げるとこれはもう大変な高さの建築物でして、
これが丸々水に沈むということは想像ができませんでしたし「知っている」のに

そんなことが起きるはずがない

という思いでした。

そして海側から山側へと押し曲げられている外階段の手摺は、三階部分よりも
二階部分、二階部分よりも一階部分の方が明らかにその度合いが大きく、
津波の高さやその力を如実に物語っていました。

そして極めつけは、骨組みだけになって全てが流されてしまっているのに
建物の入り口にある「防災対策庁舎」という看板だけが生き残っているということ。

「皮肉」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、ワタシはあの建物が

あの日のことを絶対に忘れてはいけないぞ

と言っているようにしか思えませんでした。

…。

ということを書くにあたり本当は自分で撮ってきた写真を載せたかったのですが
とてもとても写真を撮る気持ちにはなれませんでした。

ご存知の方も多いと思いますが、この庁舎跡は解体されることが決まっています。

「震災遺構として保存するべきだ」という声と「亡くなった家族や友人を思い出すから解体を」という声が
ある中で町として解体を決めたわけです。

このニュースを知った時ワタシは

津波の怖さや災害の貴重な証拠として絶対に遺すべきだ。

という考えで、もっと言うなら

解体はあり得ない。

という意見だったのですが、昨日あの時に自分が受けた衝撃を基に、庁舎に関わっていて
亡くなった方々のご遺族の気持ちにワタシなりに寄り添うと

解体止む無し

という気持ちも強くなりました。

ワタシがこんなところでどうこう言っても仕方ないことですが、今の自分の中では
保存・解体は半々の気持ちです。

そして。
やはり現地に足を運んで自分の目で見なければ感じ取れないことがあり、
体験していないだけでなく自分の体で感じてさえもいない人間が分かったふりをして
ああだこうだと意見を言うのは無責任で「絶対にやってはいけないこと」だということを
学びました。

そんな大きなショックを受けた頃、ちょうど昼になりまして。

かつての県合同庁舎跡にでき「南三陸さんさん商店街」へ行き、昼食を

父はアワビの味噌漬け入り「春つげ丼」を。

Img_0072

 

 

 

 

 

 

 

母は春野菜の天婦羅が付いた同丼を。

Img_0071_2

 

 

 

 

 

 

 

ワタシは海鮮丼を。

Img_0073

 

 

 

 

 

 

 

めかぶたっぷり。

今までの43年間でたべためかぶの総量より、昨日一日で食べためかぶの量の方が多いと思う…。

そしてこの後、石巻の日和山公園へ。

Img_0077

 

 

 

 

 

 

 

震災があってから「石巻の街の景色」といえばこの日和山から見た景色と言っても
良いくらい有名になった景色ですが。

昨年6月にどうしょを訪れた両親の話では

建物がたくさんできて景色が変わった

とのこと。

良いことです。

今回はあえて、海側ではなく山側を見た写真を。

Img_0074

 

 

 

 

 

 

 

中洲の真ん中奥に見えるUFOのような建物は石ノ森漫画館です。

ちなみに日和山公園の桜は三分咲きくらいでした。

Img_0075

 

 

 

 

 

 

 

やはり東北ですね。

これでこの日の目的は達成。

宿泊は仙台駅前でしたのでここから仙台に向かったのですが、チェックインまでまだ
一時間半ほどの時間があったので、海沿いの国道45号線を走行。

松島の景色を見ながら進み、ワタシにとってはこれも馴染み深い梅鉢さんがある苦竹駅前を
通過しながら宿泊先に到着。

17時ピッタリから、仙台駅前の居酒屋で夕食となりました。

そして19時解散、3時20分出発でした。

えー。
一応言っておきますと、午前3時20分です(笑)。

さて。

今回は今まで仙台市若林区と関わってきた自分の気持ちを整理する旅に
両親を同行させる(もちろん彼らも行きたがってくれたわけですが)ことで
併せて被災地巡りの旅となったわけですが。

手前味噌ですがね。

親孝行できたな。

と。

もう一歩踏み込んで言うならば、ただの観光旅行よりもより親孝行できたのではないかと。

と言うのも。

自分の親を掴まえて言うのもどうかと思うのですが、二人ともちょっと哲学的・
宗教的な思考をするところがありまして。

美しい景色をただ見て歩くような旅行より、自分が見た景色で色々と考えたり感じたり
できる旅行の方が好きそうな感じなんですよね、昔から。
(その親に育てられたのでワタシ自身こういう変わり者であるわけです)

今回も南三陸町の景色を目の当たりにして、色々と思うところがあったよう。

ただボケボケーっとして回る旅より、収穫があったのではないかと思います。

ま。

かく言うワタシ自身が、有意義な旅となったわけですが。

先にも言いましたが、これでもうワタシの足は東北方面から遠のくことでしょう。

おそらくReRootsさんでは田植えや稲刈り、ひまわりプロジェクトなどで単発的な
ボランティアの募集をするでしょうが、発表のタイミングとワタシの勤務予定作成の
時期が合わなければ行くのは無理。

現実的には、99%そういった企画には参加できません。

それでも。

不思議な縁で関わることになった仙台市若林区。

ワタシは景色も人も好きなので、これからも関わり続けていきたいです。

年に一度くらいは景色を見に行って、ReRootsさんの代表さんや梅鉢さんのオーナーさんご夫婦に
お会いしたいです。

ありきたりな表現ですが、仙台市若林区はワタシの第二の故郷のような気持ちです。

第二の故郷のこれからの発展と東日本大震災の被害に遭われた皆様のご健勝を祈りつつ、
この記事を終わります。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

先日ReRootsさんから「ベテランボランティア慰労会」の案内を頂きました。

飲み会行きたい!

メッチャ行きたい!!

でも行かれないー( ;∀;)

無念すぎる…。

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