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« 半月の入院生活を振り返る 前編 | トップページ | 入院余波 ~話は思わぬ方向へ~ »

2015年1月11日 (日)

半月の入院生活を振り返る 後編

どうも。

ドキドキ生活継続中の男・にゃん太郎です。

今日は残してあるメモとTwitterに投稿したと関係者に送信したメールなどを下に、
入院生活中の出来事を日にちごとに書き起こしたいと思います。

前記事を読んでいなくても支障はありませんが、読んでいただければよりリアルな感じがすると思います。

では、早速参りましょう。

まず初めに、これからの文章の中で基本的に「」内は会話中に発せられた言葉、『』内はワタシが
Twitterに投稿した発言
を表していることをご理解下さい。

 

12/21 人生初下血
13:20~14:30
  それは高校駅伝を見ながら年賀状を書いていた時。
  随分と水っぽい便が出そうだと思いトイレに行くと大変な勢いで液体が出た。
  勢いあまって跳ね返ってきた液体は隙間から便座に跳ね上がっただけでなく、
  勢い余って床にまで。
  その鮮やか過ぎるまでの赤い液体に驚いて便器を見ると、おびただしい鮮血で便器は真っ赤。
  しかし、まったく痛みはない。
  その後一時間強で6~7回、各回大量に下血。
  トイレから戻ってはまたすぐトイレに行くという状況と、尋常ではない事態に年賀状どころではなくなり
  「明日の休みに医者に行こう」と決意。
  慌てて周辺の総合病院をネットで検索し始める。
15時台・16時台
  一回ずつ大量に下血。
  下血は一旦治まる。
21時過ぎ
  就寝直後に3回下血。
  昼間より若干量は少ないか?
  翌日の診察に備え、二回目の下血時に便器を撮影。これは量が少ない方です。
  (下がその時の写真。クリックすると大きくなりますが血が苦手な方のために小さな
  サムネにしておきます。便は一切含まれて居ないので汚い写真ではありません。
  参考までにどうぞ。)

20141221_213817_11

 

12/22 貧血で失神し緊急入院・下血あり
3時過ぎ
  起床。
  お茶を飲みながら様子を見るも下血は無く普段どおりの朝。
5:30
  悩んだ末、ごくごく軽いランニングへ。
  病院で即検査の可能性もあると考え、帰宅後は食事は摂らず。
8:00
  近所の総合病院の外来へ。
10時前
  診察。
  下血を訴えると「痔は持ってない?」「基本的に持ってないと思います」
  「どれくらいの量?」の質問に対し、苦笑いする先生に昨夜撮影した写真を見せる。
  先生の表情が変わり「これだけ出てたらすぐ写真撮らないとだめだね。仕事休めないとか無しで」
  その後「とりあえず痔じゃないか確認するね」と触診。
  「痔はないみたいだけど、かなり血が付くね…」
  「とりあえず今日ペースト状の食事を渡すので明日はそれを食べ、明後日は朝から
  下剤を飲んで午後カメラを入れましょう」
  ということに決定
  この日は事前検査としてレントゲンだけ撮影。
  しかしこの直後。
  会計待ちの間に下血再開。
  立て続けに5回以上は出たが、この時にはもう冷静に判断する余裕が無し。
  受付に申し出て再診察してもらうという知恵は湧いてこず「トイレの間に会計呼ばれたらどうしよう」という
  心配をしながら会計前のイスとトイレを行ったり来たり。
  そして、ついにその時が訪れた。
  イスに腰掛けていたにもかかわらず頭がクラクラ、急激に気分が悪くなり冷や汗が。
  さすがにマズイと思いヨロヨロと会計のカウンターにたどり着き
  「スミマセン。下血で受診したのですが気分が悪いので、どこかで横に…」くらいまでは
  覚えているが…。
  そのあとは「ダメだ、誰か男の人呼んできて」という女性の声が聞こえたが真っ暗なイメージ。、
  映像として覚えているのはその場からなんとか車椅子に乗ろうとしている景色。
  しかも何故か第三者目線。
  はっきり意識として残っているのは処置室のベッドの上ですでに点滴を受けながら
  駆けつけてくれた先生との会話。
  「かなり出た?」
  「さっきの写真くらいの量が5回以上は」
  「ダメだね、入院だね」
  数十分前に検査の休みをもらうために電話をした会社の所長に
  「いま院内で貧血で倒れまして、このまま入院になりました」とメールしているのは11:39。
  この日は入院後も下血が継続。
  18時半過ぎには横になっていたにもかかわらず気分が悪くなりナースコール。
  気が強い看護師さんに「人手が少ない夜間にトイレで倒れられては困るから」と言われ、
  尿瓶とポータブルの便器を割り当てられる。
  ポータブルで用を足すのはイヤなので、どんなに下血しそうでも絶対に我慢してやろうと決意。
  尿瓶は一回使用。

急な入院となり何も準備していませんでしたが、古い友人が完璧とも言える準備をして
駆けつけてくれました。
本当にありがたかったです。

また「結果」が出てから両親に連絡しようと思っていましたが保証人の関係で連絡せざるを得なくなり
結局夕方に来てくれました。
76歳と74歳という高齢。有り難いやら、申し訳ないやら、情けないやら。

この日は深く考える余裕も元気もありませんでしたが、入院診療計画書の推定入院期間が
「未定」となっているのを見て、職場へかける迷惑を思いました。

Photo_3

 

12/23 人生初輸血の日・下血なし
  人生初の輸血。1パック。
  ヘモグロビンの値が少ないらしい。
  フラフラする感じがするのは軽い酸欠の模様。
  絶飲絶食。
  『病院のベッドの上から眺める二回目の夕暮れ』
  『まさかこんなかたちでradikoをスマホにDLすることになるとはなあ』

この日の夕方から夜にかけての心細さはよく覚えています。
輸血というものがとてもたいそうなモノに感じたこと、翌日の大腸ファイバーで悪い結果が
出るのではないかという不安、前出の古い友人との忘年会ができそうもないことへの無念さ…。
様々な感情が入り混じって、消灯後に声を殺して独り涙しました。

 

12/24 尻からカメラを入れられグリグリされる素敵なイヴ・下血なし
7:30
  『おはよーございます。本日午後から大腸スコープ検査。さっそく事前準備で座薬を二個入れられました』
  『座薬を入れてくれた看護師さんが陸上選手の市川華菜さんにそっくりで、大変に美人さんな件』
8:40
  『昨日の初輸血に続き、初下剤開始(--;)』
  下の写真が下剤。

Photo_4
  しょっぱいスポーツドリンクのような味のコイツを二時間かけてゆっくり飲むのですが
  飽きてくるという面で後半はかなり苦戦しました。
  ちなみに飲み始めて45分くらいで最初のトイレに行きました。
16時前
  検査。カメラを入れてから20分くらいで終了か?
  『大腸内に潰瘍や腫瘍、出血箇所は見つかりませんでした。ご心配して下さった皆様、
  ありがとうございました。』
  『憩室という場所からの不正出血ではないかという見立てでしたが「私は主治医ではないので
  断言はできません」的な』
  『あれだけ出血して何もないことないだろ!って思いはあります』

一緒に説明を聞きたいと父が来院しましたが、先生は撮影終了後にその場で所見を述べたので
それをワタシが父に伝えるという…。電話で充分でしたね。
憩室という言葉を聞いたことのない患者が、憩室という言葉を聞いたことがない父に自分の
検査結果を伝え、それを伝えらた父がまたそれを母に伝えるという伝言ゲーム。
父はさぞ大変だったことでしょう(笑)。

それにしても、大腸ファイバーはつらかったです。
胃カメラの比ではありませんね。
もし次があったら、ぜひ麻酔して頂きたい。

 

12/25 退院決定・下血無し
7:30
  ナースステーションにて写真を見ながら主治医から説明。
  「大腸内に腫瘍も潰瘍も無く、現在は出血もしていない。憩室があるのでここからの不正出血ではないか?」
  「今日の昼から食事を摂って明日退院で」
  「退院後は普通に過ごして良く、正月も暴飲暴食をしなければアルコールもOK」
  『お騒がせしましたが明日の午前中退院となりました。ご心配して下さった皆様、
  ありがとうございました(^^)』
10:30頃
  輸血1パック。
  予想していなかったのでビックリ。
  何かの間違いではないかと思い
  「明日退院する人間が輸血するんですか?」「元気に退院するためです」と看護師さんとやり取り。
  「輸血終わったら点滴もあります」と。
12:00
  五分粥かと思ったら、いきなりの全粥。

20141225_120640

  輸血しながら食事という…、なんだか微妙な気分。

この日は夕食後も特に問題なしで、明日帰れるということで明るい気分でした。

 

12/26 希望の退院、絶望の再入院・下血あり
8:15
  病院での最後(になるはずだった)の食事、全粥。

20141226_081857_2

  『さて。食事も終わったし、外来で会計が込み始める前にさっさと退院しようかね』
8:50
  結構フラフラする感じがあると思いながらナースステーションへ挨拶。
  「暴飲暴食禁止はもちろん、なるべく消化の良い物を食べるように」
  「年末年始で生ものを食べることもあるだろうけど、量をあまり食べないように」
  「お酒は止めておいた方が…」
  等のアドバイスを看護師さん達から。
  病院玄関に先日まで無かった門松が出ていてビックリ。年末なんだなあ。

20141226_085036

9:20
  入院の領収証のコピーなど所用を済ませ、車を自力で運転して帰宅。
  『無事退院し、帰宅しました。ご心配して下さった皆様、ありがとうございましたm(__)m』
  まずは入浴。その後買い物に行き、部屋の掃除。
12:20
  昼食、うどんとサラダ。
14:50
  お世話になった友人来宅。
15:30~15:50
  大量の下血を三回(写真を撮影)。
  「うわー、ダメだーーーっ!」とは最初の下血時に思わずあげた悲鳴。
  便座だけでなく床にまで血が跳ね返り、21日の初回並みの量。
  病院に電話後、居合わせてくれた友人に病院へ送ってもらう。
  「今度は当分帰ってこられないだろうな…」
16時過ぎ?
  「先ほど電話した者ですが、結構待ちますか?」と受付へ。
  「話は通してあるので、そうでもないと思います」と。
  実際どれくらい待ったかわからないが長く感じた。その間、3回下血。
  ようやく順番が。
  昨日までの主治医ではなく撮影してくれた先生でもない、新たな先生。
  先ほど撮影した写真を見せる。
  このときの診察は長かった。おそらく15分くらいは話したのでは?
  診察途中、トイレに行き下血。
  「腸内の写真を見る限り憩室だと思うが、こんなに早く再発というのは聞いたことがない…」
  「意地悪なヤツですね…」「困ったな、どうするべきか…」
  ワタシ自身もう再入院の覚悟はしていたので、有効な治療法はないのかや
  今後の日常生活はどうしたら良いのかを尋ねた。
  結果、前記事に書いたような「有効な治療法は無く、様子を見るしかない」と告げられる。
  「とにかく明日、胃カメラで胃と十二指腸も見てみましょう。これがキレイだと参っちゃうなあ」
  参っちゃうのはこっちですよ、と思いつつ胃カメラの事前検査へ。
  送ってくれた友人は検査開始前に引き上げて行った。
  本当にありがとう。
  その後入院。
  「あれ!?どうしたの!!??」「戻ってまいりました。またよろしくお願いしまーす」は看護師さんとの会話。
  入院診療計画書の推定入院期間は、今回は「不詳」。

Keikakusyo_3

  『ぃえーい。再入院ですよー。帰宅6時間後に出血し逆戻り。まるで風呂に入るために
  帰宅したようです(^_^;) とりあえず明日は胃カメラ。これがキレイだったら根本的な解決方法が
  無いようで先生も頭を痛めていました』
  『こんなことなら、ビールの一本くらい飲んでおけば良かった』
  『べっぴんさんな看護師さんとさらに仲良くなれたのは良いが、明日から階を変わらなきゃ
  ならんらしいからお別れだな(>_<)』
19:50
  下血

家で再下血した時には絶望的な気持ちになりました。
あれほど強い絶望感を抱いたことは過去に無いように思います。
先生から「有効治療法なし」と聞き、ベッドの上に戻ってからはこの先仕事をどうすれば
良いのかとずいぶん悩みました。

兄と連絡を取り、両親への連絡は胃カメラの結果や今後の方針が決まってからすることにしました。

 

12/27 胃カメラ異常なし・下血あり
4:30
  下血
4:40
  ペースト状の血便後に少量下血
7:35
  『間もなく、さっそくの胃カメラだそうです(^_^;)』
8:15
  『胃カメラ終了。胃から十二指腸までキレイでした。良かったのか悪かったのか…』
10時前
  三階の病室に移動
  「ここからは富士山が見えますよ」と看護師さん。
午後
  先生が回診に。今後の方針について相談。
  「絶飲絶食から半月くらいかけて様子を見たらどうか?」と提案されるも
  「仕事を長く休めない」と話し下血の様子を見ながら食事を早めに再開することに。
  「とりあえず、明日から水やお茶を飲んでみて下さい」
  血液検査の結果が悪く、翌日に輸血決定。
  『また輸血だとさ。10パックも取り寄せてくれるらしいので、院内で年越し決定かなあ』

 

12/28 水分摂取開始・下血なし
  細かい便が一回出るも、血液の色はなし。
  『おはよーございます。いま体重を量らされたら月曜から点滴生活のせいか2kg以上減っていてビックリ』
  病室から見える民家のご主人。
  門松の絵が描いてある「賀正」の貼紙を玄関に付けては確認し、確認しては付けを繰り返し。年末感。
 
8時頃?
  先生回診。
  『明朝からお粥の食事を始めて2・3日出血が無ければ「好きな時に退院して良いよ」と』

  『大晦日や元日に退院しても、スーパーで普通の惣菜売ってなさそうだよなあ』
  『それ以前に、また下血したらという不安が(^_^;)』
  『売店でスポーツ紙を入手したので有馬記念を考えよう。病院のベッドで有馬記念とは
  夢にも思ってなかったが(^。^;)』
  
午後
  輸血。1パック
  『三連単取ったから、入院長引いても大丈夫な感じ(笑)』
  
  『自分が打っている点滴の効能を患者がすぐにネットで検索できる時代。医療従事者の
  皆さんはやりにくいことも多いだろうなぁ』
  ワタシが打っていた点滴はラクッテクにアドナという止血剤を注入したものとアミグランド。
21:00
  『明朝から食事が始まる。前回は食事再開後四食目で再下血でしたが、果たして…。
  ただし、その再下血の原因が食事かは医者も断定はできないみたい。では、おやすみなさい』

 

12/29 食事…と言っても流動食・下血は微妙
8:00
  ここから出るはずの食事が出てこず助手さんに確認してもらう。
  「昼からの指示になってます」と。
12:00
  食事開始。
  先生は「お粥」と言っていた気がしたが、流動食。

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  『昼から食事が出始めました。ま、流動食ですが。現在のところ異常無しです』

夕方
  年内最後の回診。
  内臓内で出血していないか調べるために元日に血液検査をすることに。
  この時点で院内での年越し確定。
  異常が無ければ元日昼から全粥とのこと。
  全粥の食事を4・5回はして下血しないか確認したいので、退院は早くても三日か?
 
18:00
  流動食
22:10
  少量の便の後、下血か?
22:15
  カスのような便。血の色無し。

 

12/30 再度病室移動・下血あり
6:00~8:00
  良い便が二回
8:15
  流動食
8:35
  下血
  久々の下血らしい下血だったが、ああまたかといった感じ。
  病院は年末体制に入り先生の回診もしばらくないので、念のために看護師さんに報告しようと
  トイレからナースコール。
  「結構下血しましたが、ご覧になりますか?」
  「鮮血ですね。かなりの量ですね」と看護師さんも困り顔。
  「今後も出たら読んでください」と。
8:45
  下血、ナースコール。
9:10
  下血。
  ナースコールをするも、忙しいのかお見えにならず。
  この三連続の下血は回を重ねるごとに明らかに量が減った。
10時前
  病室移動。
  『ベッドに横になったら目の前にツバメの巣が。その時期に居た患者さんは楽しみだったろうし、
  明るい気持ちになっただろうなあ』

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12:15
  流動食
  立て続けに下血したので食事を止められるかと思ったが…。
  どうやら先生からの指示書には「下血の際は食事を止める」ということは書かれていないよう。
13:20
  下血か?ペースト状の血便か?ナースコール。
18:00
  流動食
20:45
  『タレのレバー食べながらビール飲みたい。いつかまたそんな日が来るのかなあ。
  間もなく院内消灯です。おやすみなさい。』

この頃はもはや下血に驚かなくなってきていました。
いつまでかかることやら、とあきらめモードでした。

 

12/31 病院のベッドで年越し・下血?
6:10
  柔らかな血便。トイレの水に便から血が滲む。
6:30
  カスのような便。赤いか?いや茶色か?
7:00
  『おはよーございます。NHK7時のニュースで映った渋谷駅前の映像にビックリ。
  人いないじゃないですか。まるで実感無いけど大晦日なんだなぁ。』
8:00
  ここから五分粥。…といってもパン粥でした。

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9時前
  洗濯。
  初めて洗濯コーナーへ。
  一階の裏口そばにあって大変寒い中、使い方を理解するのにかれこれ10分近く。
  病室に帰ると体の芯まで冷え切っていて、この日の夕方か喉が痛み出す。
  入院中に風邪を引くという、まさかの事態に。
12:00
  五分粥

  『紅白19:15からなんだな。消灯21時だからあまり見られないなあ』
  『暮れていく2014年を病室の窓からパシャリ』

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17:30
  夕食・うどん
  『夕食は年越しうどんで、麺を細かく切ってくれてありました』

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18時前から
  ワタシのせいで激務続きであったろう、会社の同僚のうち三人からメールが。
  とても嬉しかった。
20:45
  『今夜は多めに見てくれるという噂もあるけど間もなく消灯です。年末になって大きく躓きましたが
  良い一年でした。これもひとえに今年一年お世話になった皆様のお陰です。有難うございます。
  それでは皆さま、良いお年をお迎え下さい!』

大晦日には開き直っていまして、年末年始を病院で過ごすなどそうそうできる体験でないと
楽しむことにしていました。
ワタシは年越しうどんでしたが、胃腸が元気な患者の皆さんはソバだったそうです。

 

1/1 新年・下血なし
6:00
  『明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします(^^)』
  『看護師さんに「テレビ見ないんですか?」と言われたがあくまでもラジオ「おはよう寺ちゃん」です(笑)
  普段なら間違いなくテレビだけどね』
  『そろそろ日の出だろうけど、東の空は雲が厚そうだ』
  『2015年の始まり。一生忘れることはないだろうな』

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8:00
  五分粥。
  正月らしい感じ。

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8時過ぎ
  ラジオ文化放送のグッモニで投稿が採用される。
  『あら。太田さん、佳子さん、ご声援有り難うございます!』
8:30
  快便
12:00
  五分粥
12:30
  休日出勤で先生回診。
  12/30日の13:20以降は下血が無いことを伝え、夕飯から全粥にしてもらうように頼み承認をもらう。
  「退院はどうするか?」と尋ねられたので「下血が無ければ4日で」と。
  「4日だと日曜で当直医しか居ないので、退院直後にまた下血してもウチでは受け入れられない。
  救急車を呼んでも、他も当直医だらけだろうからなかなか受け入れ先が決まらない
  可能性もある」と言われたが、それを言い出したら平日の夜間も同じなので。
  それで他の病院に行くのも、また一つの選択肢かも。とも。
12:50
  快便。
  『四街道は雪が舞い始めました』
18:00
  全粥
  『さて、全粥になりました。これで下血が無ければ四日退院ですが、どうかなあ』

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この日から順調な経過を辿ります。
そして全粥開始と共に、就寝中の点滴が無くなりました。

 

1/2 経過良好・下血なし
6:40
  快便
8:30
  全粥
  昨日よりさらに正月っぽい。

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12:00
  全粥
13:30
  快便
17:30
  全粥
18:00
  快便

もともと軟便なワタシですが、この日はすべてしっかりしたものが出ました。
本来なら自信を持つべきところですが、むしろ逆にどこか悪いのではないかと不安になりました(笑)。

 

1/3 「なんとか今日一日もってくれ」という気持ち・下血なし
6:30
  快便
8:20
  全粥

  『非公式ではありますが、「外来にインフルエンザ患者が押し寄せているため、
  入院患者は極力一階に降りないように」というお触れが出ました。』
  このお触れの直後、見舞いに来る予定だった人達に中止を要請する電話をかける患者が続出。

12:20
  全粥
17:40
  全粥
22:00
  腹痛で目覚めるも快便

この日はもう「今日を乗り切れば明日退院だ」という気持ちだけでした。
ただ前回は止血剤を止めて24時間弱で再下血したので「今回は大丈夫かな?」という不安も
強くありました。
そんな中、看護師さんがやって来て「明日、退院前に点滴4本ありますから」と。
いままでどおり4本打って退院すれば「その日のうちにまた」ということは無いだろうと一安心。
「早く出られるように、朝早くから始めましょう」という言葉に気分が高揚。

 

1/4 晴れて退院・下血なし
5:00
  腹痛で目覚め排便
5:20
  再度腹痛後に快便
  退院を目前に不穏な空気が…。
6:00
  点滴開始
8:20
  全粥
  直後に快便
12:00
  全粥
13時過ぎ
  点滴終了
  退院準備。
  年始シフトで人数が少ない看護師さん達に挨拶し、一階へ。
  タクシー待ちの間は玄関外の陽だまりで、2015年の空気を存分に吸い込む。
  たまたま一階に下りてきた馴染みの入院患者さんと別れを惜しみつつタクシーに乗車。
14:00
  帰宅
  『無事に退院しただいま帰宅しました。激励のお言葉を下さった皆様、本当に有り難うございました(^-^)』
  まず入浴かと思いましたが、その前に食料の買い出しへ。
  ついでに年末に洗えなかった愛車を、不本意ながら洗車機へ。
16:20
  入浴
  鏡に映った自分の体に驚愕。
  十数年かけて培ってきた筋肉は落ち、わずかにあった贅肉もまるで無し。
  とても自分の体とは思えない。
  
  体をこすると息が上がり、ぬるめのお湯にゆっくり浸かって脱衣所に出るとグッタリ。
  しばらくその場から動けず。
  『風呂入っただけでヘトヘトだ。骨と皮だけになって、体重4キロ減ってる。人の体って
  半月でこんなにダメになっちゃうんだな。』
  体重50.2kg、体脂肪はわずか10.2%。
18:30
  食事
  白米・豆腐・鯖の塩焼き・ひじきと大豆の煮物。
  イヤというほどよく噛んで食べた。
  白米の美味しさを実感。
20:00
  就寝
  半月ぶりの自分の布団に幸せを感じる。
  明後日からの仕事に備え、明日は2時半頃起床の予定。

 

1/5 明日のために・下血なし
2:30
  起床
  意外に起きられるものだ。
5:30
  散歩へ。
  『さて。体力回復のため、散歩に行こう。以前ならランニングだが、走るなんてとても無理だ。』
  半月外気に当たっていなかっただけでなく痩せ細ったこともあってか、寒さが骨身にしみた。
  40分くらいの予定だったが出発直後に息が乱れ始め、30分も無理そうだと判断し早々に退散。
  実際は25分くらいだった模様。ただし疲労度は40分以上のランニングに匹敵。

さて。
これ以降は詳細なデーターはもう残っていません。
この日は部屋の掃除や保険会社への入院給付金の支給手続きなど結構忙しく、
あまりゆっくりできませんでした。
そして18時過ぎにベッドに。
『冗談半分本気半分で言うと、とりあえず明日の朝までは出血しないで欲しいな。カッコつかないから』
とは就寝直前に友人に送ったメール。
とにかく半月間会社の仲間に迷惑をかけているわけで、何が何でも一度顔を出さねば
どうにもならないという思いで一杯でした。

 

1/6 社会復帰・下血なし
2:45
  出勤
  『おはよーございます。15日ぶりに出勤。今週一週間は内勤で来週から乗務ですが不安でいっぱい。』

とにかく朝一番に一人一人にお詫びの挨拶。
仕事から戻ってきた仲間からは当然病状を訊かれ、説明するのが結構大変だった。
それもこれも憩室というモノの説明から始まり、結局「治ったわけでなく止まっているだけ」
という誰もが納得しがたい着地をしなければならないことにあった。
ただ再発の可能性があることはみんなにわかっておいてもらう必要があり、迷惑をかけたみんなに
ワタシなりに誠意を持って説明したつもり。

 

1/7 無事終了・下血なし

 

1/8 退院後外来診察で一区切り・下血なし
9:40
  外来診察。
  特に異常が無いことを伝える。
  改めて「再発の可能性があり、それはいつでもおかしくない」旨を確認。
  食事は常識の範囲で普通の物に戻していって良いが消化が良い物にこしたことはない、と。
11:00
  世話になった友人と食事
  が。
  感謝の気持ちを伝えるべきであるのに、ワタシのせいで大変悲しい思いをさせてしまった。
  もう取り返しがつかないかもしれないが、ただただ申し訳ない気持ちで一杯。
  しかしそれは病気とはまた別のお話し…。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

と、まあ。

非常に長くなりましたが、これが入院期間及びその後の全容です。

本日で退院から丸一週間になりますが、お陰さまで下血も血便もなし。

一週間なんとか過ごして少し自信が持てましたが、いまなお再発に怯えていることも事実です。

それもあって未だに肉や揚げ物はほとんど口にしていません。
そもそも食べたいと思わないのです。

来週からはいよいよ乗務。

仕事としてはこれからが本番で、食事も外食やコンビに弁当がメインになります。

正直なところ、不安で不安でたまりません。

しかしこれを乗り越えなければ社会生活ができないので、なるべく考えないようにして
頑張るしかありません。

さて。
二回に渡ったこの記事も、そろそろ終わりにしたいと思います。

入院中お世話になった医療従事者の皆さん、たびたび見舞いに来てくれた友人、
そして離れている家族。

本当にありがとうございました。

迷惑をかけてしまった会社の仲間達、悲しい思いをさせてしまった友人。

本当にに申し訳ありませんでした。

今回の入院にまつわることで学んだことや反省すべきことを今後の人生に活かし
明日からまた頑張って生きます。

これからも、にゃん太郎をどうぞ温かく見守って下さい!

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コメント

y26さん>
おはようございます!
「さすが」と言われるようなことはなく、時期が時期だったので…。
なんと言いますか、強迫観念的な(笑)。

瓜生@ハノイ さん>
おはようございます!
海の向こうから恐縮です…。
こういった事情で今回のお誕生日の日はワタシは腸内をぐりぐりされておりました、ご勘弁を(笑)。
今後も「続き」がありそうなので、考えを割り切って良い結果に繋げたいです。

明けましておめでとうございます!
めっちゃ久しぶりにブログ見てビックリ。その後ちゃんと生きてるの?
大変な年末年始だったんだね。40も過ぎれば色々あるね〜。厄年も終わったっていうのにね。私も健康だけが取り柄だったのに12月始めと元旦早々健康の有り難みをつくづく思い知らされました。どちらも外的要因なので貴方ほどの大事には至らなかったのですが、、、。生命に関わる事でも無さそうなので、充分気を付けなさいと神様からの警告だと思って今年はしっかり婚活に励んでください(≧∇≦)。無理をしないで2015年を健康で過ごせるようにお祈り申し上げます。

想像していたよりずっと大変だったのですね。そんな大変な状況でもまわりの仲間に迷惑を掛けないようにと必死なのがさすがです。
早く良くなるように願っています。

ピッペンさん>
こんばんは!
どちらも難しすぎるぅ(笑)!
と言っても、さすがに酒はまだ飲んでません。
間が持たないから飲みたいなぁと思うことはあるのですが、怖さがその思いを上回りますね。
実際お酒が目の前にあっても手が出ないと思います。
ひょっとしたら、そこが一つのバロメーターかもしれませんね(^o^;)

いろいろ大変でございました。。。
私も高校3年の大みそかから3週間ほど腸閉塞で入院しましたが、
あの時も家族や友人や教師にいろいろとやってもらって感謝あるのみでした。

とりあえず、私なりに考えた今回の教訓を活かすとすれば。。。

①早急にお嫁さんを見つける(お見合いもしましょう!!)
②アルコール摂取、ダメ、ゼッタイ。

というところでしょうか。。。
①②とも、早急に事を進めましょう!!!(お互いに・・・笑)

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