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2016年4月10日 (日)

戻りたい戻れない

どうも。

近所にあったお気に入りの大きな木が切り倒され立腹中の男・にゃん太郎です。

あれだけの立派な樹を人間の都合だけで…。

と言っているワタシが、切り倒した大木を曳く祭りについてまた語るということに
矛盾を感じる方もいるかもしれませんね。

では前回の予告通り、今日は変わりゆく御柱について。

え~。

今回感じたことは二つ。

マスコミの影響と、観光化問題。

まずはマスコミの影響についてですが。

前回の御柱でも感じたことですが

ホントに変わったな

と思いました。

ザックリ言うと、小さくまとまっちゃってるなあ、と。

前回の記事で問題にした下の写真。

Img_0425_2

昔から御柱を見ている人が見たら、柱の周りに人がいないことに驚くでしょう。

以前は柱が坂を下りだしたら周りにいた氏子衆がワッと群がり、人だかりで
メドデコのコントロールができなくなって倒れ、綱に人が巻き込まれ…。

それでもそのままズルズル坂を下ってくるのが当たり前でした。
(ただし、ワタシも映像でしか見たことがありません)

恐らくは安全対策のために「やって良いこと」を相当厳しく規制されたのでしょう。

また木落としで大きな事故が起きる時は、柱の下敷きになるのではなく
柱と共に坂を下ってくる綱に巻き込まれることによるものが多いため、
坂の中への立ち入り人数もかなり規制されていたのではないかと思います。

ま、この綱の長さですからね…(写真は午前6時前。この人数で準備中。)。

20160404_055600

危ないといえば危ないわけですが。

しかし危険回避に傾注しすぎたのか、運営上それに伴うまさかの事態。

というか、笑ってしまう出来事が起きまして。

坂の上まで曳行してきたのは良いのですが、ここでは雄綱雌綱を曳く人達は
坂の下から斜めに曳くようになるため力が分散され、柱を引き落とせないという(笑)。

拡声器から

頑張って引っ張って下さーい。

とか

気合い入れてー!

とか、

挙句の果てに

見ている(坂の途中から)氏子の皆さん、手伝ってください。

とか(笑)。

おそらくは前代未聞。

地元の人達はシラケたことでしょう。

これはあくまでも個人的見解ですがね。

結局、マスコミに取り上げられるようになるとこうなってしまうのでしょうね。

良いか悪いかは別として、ワタシが子供の頃の御柱ではゲガ人が
出るのは当たり前で、時には死者が出ることもありました。

それでも土地の人達は騒ぐことはありませんでした。

しかし。
何回か前に亡くなった方が出た際に、全国ニュースで取り上げられまして。

明らかにその後から、荒々しさが無くなっていったように感じます。

そもそも。

御柱(この場合は「木」そのもの)は

奥山の大木 里に下りて神となる

と言われるように「御神木」。

全国的には御柱は「祭り」として捉えられているようですが、
古くからの地元の人の感覚では非常に宗教色の強い「神事」です。

木落としに関して言えば、荒ぶる「神」に触りたいからこそ、ある意味命がけで
御柱に乗り、群がる。

荒ぶる神に跨ることが、男の誉れ。

そんな時代を知っている「古くからの地元の人」である伯父(86歳)が、
今回の本宮一之御柱(一番多きい柱)の木落としをテレビで見ながら、一刀両断。

こんなの、御柱じゃねえ。

① 木遣りを含め、御柱の周りに女性がおおい(人手不足)。

② 御柱の周りの人数が驚愕するほど少ない(安全対策)。

③ キレイに落とす(坂を下らせる)ことばかりを考えていて迫力がない。
   (映像・PR写真用)

※ ただし( )内はあくまでもワタシの身内達の推測。

「御柱じゃねえ」発言の前、伯父が話してくれたことを少し書きますと。

昔は女衆は、御柱はもちろんのこと綱を跨ぐことさえ許されなかったでな。

しかしへぇ、戦時中。

男衆がいない間に御柱をやらないとならなくなってな。

どうにも人手が足りず、その時に初めて女衆が祭りに参加した。

それでも御柱が、動かなんでな。

まだ10歳にもなってなかったオラァ夜中の12時に叩き起こされて、御柱、
引っ張りに行ったでな(落涙)。

伯父の涙は辛かった思い出の涙ではなく、そんな思いをしながら守ってきた
伝統が失われつつあることに対してのものであろうと思います。

もちろん安全であるにこしたことはないでしょうが、そこに重き置きすぎることが
果たして正しいのかどうかは、ワタシも疑問に思っています。

次に観光化問題。

先に書いたように、いつからかマスコミで取り上げられるようになってからは
土地に所縁の無い「ただの観光客」が増え、今ではバスツアーで全国津々浦々から見物客が訪れます。

それはそれで良いのでしょうが、そのことが原因で地元の人達が隅に追いやられて
いるという事態が発生。

簡単に言えば、見やすい場所が地元の人達が見る場所がないのです。

街の中を曳き歩く5月の里曳きと違い4月の山出しの見どころである
「木落とし」は地元の人でも近くに近寄りづらい場所でして、通常は
他人様の畑やらお寺やらに無礼講で入り込み、場合によっては知らない
お方の墓石の上によじ登って良く見える場所を確保するのですがね。

しかし。
こういった場所、さすがに墓石の上は違いますけど、みんな桟敷席に
なっちゃってるんです。

もちろんお金を出せば地元の方も桟敷に上がれるわけですが、地元であるが
故にそこまではしないわけです。

御柱は基本的に氏子が中心の行事で、それなりにお金もかかります。

となると、寄付という名の半ば強制的な出費もあるのです。

前出の伯父の言葉を借りるなら

金だけ払わされて、見る場所がない

という思いを、地元の方々はされているようです。

地元に根付いた神事なのに、地元の人が不自由な思いをする。

なんとも本末転倒な気がします。

バスツアーとか、駅にポスターを貼るとか。

多かれ少なかれ自治体と連携して行うのでしょうが…。

ワタシとしては、御柱を観光化するのは無理があると思うのです。

その最大の要因は、毎年ではないということ。

毎年ではないので…

・企業として宿泊施設の新設を行っても採算が取れない

・自治体としても継続的な宣伝がしづらい

・接客などのサービス向上のモチベーションが保ちにくい

など。

今回の事例を挙げますと、とりあえず宿を取るのも一苦労。

ようやく取れたホテルも駅前のビジネスホテルだったので、夕食に駅の周りに
繰り出しましたが、特急が停まるといってもそこは小さな駅。

とにかく飲食店が少ない。

店に入れば御柱関係のお客で一杯で、待つのは構わないのですが、
普段混雑することが無いために順番待ちのお客さんへの対応が下手。

いつも日曜は暇なんですけど、こんなの初めてです。

というバイト君の言葉が、すべてを物語ってますね(笑)。

とゆーことでですね。

ワタシの結論としては、観光化はほどほどに。

マスコミさんも、騒ぐのはほどほどにして欲しいです。

ただもう。

恐らくはもとには戻れませんよね。

なぜなら、ここ数回の御柱しか知らない地元の若い衆は、今の御柱が「御柱」なんですもん。

全国には大きなお祭りがたくさんありますが、おそらく色々な問題が
起きているのでしょうね。

伝統継承と時代の流れ。

とても難しい問題ですね。

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コメント

y27さん>
こんにちは。
同感です。
自分達はお邪魔している身だということを忘れずにいなければいけないと思います。
全然話は違いますが、いま最後の一台となっていたISUZUのヘッドを島にドナドナして、帰りの電車内です。
あの車が来た時に一緒にいたメンバーも少なくなってしまったなあと、少々センチメンタルになっています…。

宮古島も最近テレビなどで紹介されることが増えたこともあって同じような問題があります😞
こちらで呼んだ訳でもないのにわざわざ見に来て文句をつける神経が理解できませんね。
知らない土地に行ったらその土地の文化や風習くらい尊重してほしいものです😠

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